ぶつぞうな日々 part III

大好きな仏像への思いを綴ります。知れば知るほど分からないことが増え、ますます仏像に魅了されていきます。

ぶつぞうな日々Part II (バックナンバー)はこちらです!

仏像のブログを書き始めたのは、2005年の年末でした。最初の投稿はこんな感じ。

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10年以上が過ぎてもこの気持ちに変わりありません。ますます仏像に魅了されています。

上記のブログは「ココログ」で書いていたのですが、投稿に無駄な手間暇がかかるのが悩みでした。

これからこちらの「はてなブログ」でお世話になろうと思います。

過去の記録は以下からご覧ください。

hiyodori-art2.cocolog-nifty.com




ブログを書いている「はらぺこヒヨドリ」さんのプロフィールは

はらぺこヒヨドリ をご覧ください。


素人の雑文ですが、これからも仏像への愛を叫んでいければと思っています。平凡な中にも山あり谷ありの人生ですが、仏像が好きなおかげでとても救われています。

仏像好きなみなさん、一緒に「仏像大好き~♪」と叫びましょう。仏像とそれを守られてきた皆様に感謝を伝えたいのです。

どうぞよろしくお願いいたします。

【多摩の仏像】正真正銘の八王子ブランド、相即寺の地蔵菩薩坐像(万目供養仏)!!~地元の仏師と鋳物師による温かみあるお姿~

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穏やかで温かい地蔵菩薩さま
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相即寺・万目供養仏(地蔵菩薩坐像)


 コロナ禍で外出自粛となり、遠出はできなくなってしまった。そこで、拝観マイルール6か条を作り、自転車圏内で、誰とも会わずにお寺をめぐってみたところ、思いのほか楽しい出会いがあった(※マイルール6か条はこちらの記事→【コラム】コロナ自粛中の拝観マイルール6か条で、楽しい出会いがありました - ぶつぞうな日々 part III)
 なかでも、特にうれしい出会いが、相即寺(東京都八王子市)の銅造地蔵菩薩坐像、通称、万目供養仏である。100年に一度とされるパンデミックのなか、地元仏師による仏像にこれほど癒される日が来るとは…。

1) 相即寺とは

 まずは、お寺のご紹介から。相即寺(そうこくじ)は八王子市泉町にある浄土宗のお寺で、本尊阿弥陀如来を本堂にまつる。天文15年(1546)、忍誉貞安によって開基。慶安元年(1648) 第3代将軍徳川家光から朱印状を拝受。明和8年(1771)、延命閣地蔵堂建立。地蔵堂には、八王子城落城の際の犠牲者を供養した150体の石仏の地蔵菩薩立像が安置されている。地元では、昭和20年の八王子空襲の被害を物語るランドル地蔵が有名である。

2) 地元八王子の仏師と鋳物師による銅造地蔵菩薩坐像(万目供養仏)! 八王子市民はもっと注目しましょう!!

 
 相即寺というお寺にランドセル地蔵(後述)がおられることは知っていた。こちらがあまりに有名で、まったくノーマークだったのが、今回ご紹介する”八王子ブランド”の銅造地蔵菩薩坐像である。

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銅造。像高 116cm。膝張り 88cm。台座を含む総高 190cm。天明9年(1789)。八王子市指定文化財

 ランドセル地蔵は年に3回のご開帳日があるのだが、こちらの万目供養仏さまは、本堂近くに安置され、いつでも拝観できる。
 一見すると、どっしりした大らかな印象の地蔵菩薩さまだ。とりわけうまいとは言えないが、誰もをやさしく包むような温かみがある。実は、八王子の仏師に手によるのだという。
 連弁の刻印によると、柚木落合の田中播磨義知(たなかはりまよしとも)という仏師が制作し、1789年に横川町滝原の加藤甚右衛門白鎧(かとうじんうえもんはくがい)という鋳物師が鋳造したことが分かっている。柚木、横川とも、現在の八王子市内の地名である。100% Made in Hachioji 。そう言い切ってしまってもよいのだろうか!? 正真正銘の八王子ブランドの仏像が、しかも、こんなに癒し系の仏像が、地元にのこされていたとは! 地元民として心が躍った。これはもう、Funky Monkey Babysが初めてミュージックステーションに出たとき以来の興奮である!!(※本稿の最後にYouTubeを貼ったので、ファンモン好きの方はどうぞ!)

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正面のすぐ横の連弁に加藤という鋳物師の名前と仏師の田中播磨義知の名前が読み取れる

2-1) 柚木落合の仏師、田中播磨義知

 柚木落合の仏師は初めて聞く名前なのだが、実は柚木地域には古い仏像が隠れているのではないかと思っている。2011年の武相観音霊場のご開帳のとき、住宅街の公民館に法衣垂下の観音像を拝見したときは、本当に驚いた。柚木地域を調査したら、きっと他にも発見できるかもしれない。田中播磨義知の他の作例もあるのだろうか。気になる!

2-2) 横川の加藤鋳物師

 注目したいのが鋳物師である。横川村(現在の八王子市横川町)には、戦国時代から代々、加藤姓を名乗る鋳物師集団が居住し、梵鐘などの鋳造に携わっていた。市の掲示板によると、ここ相即寺の北西には工房跡があるという。コロナ禍の外出自粛のなか、地元八王子のお寺をいくつか回ったが、加藤鋳物師の名は、相即寺以外でも目にした。例えば、浄土宗関東十八檀林の一つ、大善寺(八王子市大谷町)。江戸初期に、賀藤(加藤)甚右衛門長重が、この古刹の梵鐘を手掛けている。

2-3) 地方仏、最高! 温かみのあるお姿があなたを癒してくれます!!

 長々と書いてしまったが、改めて、相即寺の地蔵菩薩さまのお姿を拝してみよう。

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どっしり安定感
 都に近い仏像とは異なり、決してうまいとは言えない。しかし、どっしりとした温かみがある。大きな鼻や目。丸みのある頬。宝珠をもつ左手には太くて大らかな指。量感ある体部で、どっしりと坐す。見上げているだけで心がほくほくしてくる。
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 お地蔵様の左右から回り込んだり、屈みこんで下から見上げたりして、その温かみを十二分に感じさせていただいた。コロナ禍でいつの間にか自分の中に鬱積していた嫌な塊を溶かしてくれるようだった。
 この温かみには既視感がある。埼玉県熊谷市の平戸の大仏を思い出していた。像の大きさは違うが、あちらも温かみのある江戸時代の仏像だ。(【埼玉】熊谷・源宗寺の木彫大仏坐像(地方仏最高と叫びたくなる平戸の大ぼとけさま) - ぶつぞうな日々 part III
 地方仏、最高! 江戸仏、最高! そう叫びたくなる仏像にまた出会うことができた。しかも、こちらは正真正銘の八王子ブランド。市民の誇りとして、もっと注目し、愛情を注いでいきたいものだ。
 地蔵菩薩さまの前には、木製のテーブルと椅子が置かれている。そこに腰をかけて、穏やかな地蔵菩薩さまとゆっくりのんびり対面させていただいた。拝むという行為でもあり、身の上話を聴いていただくようでもあった。周りには誰もいない。ただ5月初めの爽風だけが若葉を通り抜けていった。
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こうしてくつろぎながら、お地蔵さまと対面できる幸せ

3) 相即寺 拝観情報

東原山浄土院相即寺(そうそくじ)
浄土宗鎮西派
東京都八王子市泉町1132

※実はランドセル地蔵のほうが有名

 八王子の相即寺といえば、ランドセル地蔵が有名である。第二次世界大戦の際、東京の品川から疎開してきた神尾明治くんが八王子空襲で亡くなってしまった。嘆き悲しんだ母親が、相即寺に多数ある石仏の地蔵菩薩像のうち、男の子によく似たお像に、その子のランドセルを背負わせたのだという。戦後、古世古和子さんが児童文学として紹介し、広く知られるようになった。古いランドセルを背負ったお地蔵様は今も相即寺の地蔵堂にまつられている。
 ちなみに、地蔵堂には150体もの石仏群が安置されているのだが、これは、八王子城落城の際、283人の相即寺縁の戦死者供養のため造立されたものだという。地蔵堂は毎年、6月23日、7月8日、8月8日にご開帳される。地蔵堂を外からのぞき込むと、中央内陣に大きな地蔵菩薩さまがまつられていた。これはご開帳のときにお参りせねばなるまい。

オマケ(八王子市出身 Funky Monkey BabysがMステ初出演のときに歌ったLoving' Life)



 

【来迎会】大念仏寺の万部おねり~きらびやかでおごそかな阿弥陀信仰の形~

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 大阪市平野の大念仏寺は融通念仏宗大本山。毎年5月1日から5日にかけて、練供養が営まれている。厳密にいうと、単なる練供養ではない。二十五菩薩の練供養と阿弥陀経一万部の読誦が組み合わさった一大イベントで、「万部(まんぶ)おねり」と呼ばれている。二十五菩薩の練供養は、菩薩様たちが美しく、とてもきらびやか。ここでは、大念仏寺・万部おねりの魅力に迫りたい。

1 万部おねりとは

 平安時代、人々の間に極楽浄土に往生したいという願望が広まり、来迎図が盛んに描かれるようになる。その欲求はさらに高まって、菩薩の面や衣装を身に着け、往生の様子を実際に演じるところまで発展した。いわゆる、聖衆来迎会である。大念仏寺における来迎会は、第七世法明(ほうみょう)上人(1279~1349年)が、その最晩年にあたる貞和5年(1349)の春、當麻寺の練供養を模して、菩薩の面と衣装をしつらえ、自ら行者となって来迎の儀式を執り行ったことに始まる。
 さらに、江戸時代に入り、明和6年(1769)、第四十九世尭海(ぎょうかい)上人のとき、阿弥陀経を一万部読誦して、檀信徒と有縁無縁諸霊の追善も行うようになった。万部会(まんぶえ)である。
 この聖衆来迎会と万部会という二つの法会が合体したものが「万部おねり」である。今日まで続く大念仏寺独自のスタイルであり、正式には阿弥陀経万部読誦・二十五菩薩聖衆来迎会」という。現在、大阪市の無形民俗文化財に指定。
 来迎の練供養は他のお寺でも行われているが、二十五菩薩聖衆来迎会と阿弥陀経万部会を融合した大々的なイベントは大念仏寺だけだろう。しかも、練供養は年に一度、一日のみの開催であることがほとんどなのに対し、大念仏寺の万部おねりは毎年5月1日から5日までの5日間、毎日厳修される。練供養の常識を覆す、破格の一大イベントなのである。

2 大念仏寺「万部おねり」の流れ

 それでは、万部おねりの流れをもっと詳しくみていこう。
 万部おねりは「入御(にゅうぎょ)」「本堂内法要」「還御(かんぎょ)」の三つで構成される。

2-1) 入御(にゅうぎょ)

 万部おねりでは、大念仏寺の大きな本堂の右手奥から正面にかけて、来迎橋がかけられる。「入御」とは、この来迎橋を二十五菩薩などが渡って本堂へ練り込むことで、「練り込み」とも呼ばれる。「苦しみと悩みに満ちた娑婆世界から仏の知恵かがやく喜びと感謝に満ちた幸せの世界へと至る儀式」(大念仏寺リーフレットより)である。
 まずは稚児行列、踊躍歓喜(ゆやくかんぎ)の念仏、詠讃歌舞(えいさんかぶ)などが橋を渡られ、本堂に入る。この中で、私が特に好きなのが、小さな鐘を手に「融通念仏なみあみだー」と歌うように称えながら橋を渡る男性陣である。禅門講の方々なのだそうだ。こういうのは他の来迎会では見かけない。
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 これら渡御の先払いを経て、雅楽に先導されて登場するのが二十五菩薩である。
 大念仏寺の二十五菩薩の特徴は何と言っても、そのお姿がエレガントであること。厳かな金色のお面に大きな宝冠。優雅できらびやか衣装。そして、特筆すべきは、背中から足元までに伸びる、長い黒髪である。最初に見たときは驚いた。さらに、菩薩様はみなさん背が高く、一部を除いて細身の方が多い。しかも、二十五菩薩様お一人お一人が登場されるたびに、会場アナウンスで、「続いてのお出ましは〇〇菩薩さまです!」と紹介される。まるでファッションショーのモデルさんのようだ。私は思う。こうした徹底した美意識が極楽浄土を具現化するのだと。極楽浄土からお出ましの菩薩様たちは美しくあってほしい。

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青空のもと橋を渡って堂内に向かう菩薩さま
 融通念仏宗の某寺で伺ったところ、お練供養で菩薩様になられるのは宗内の僧侶の方々なのだそうだ。他のお寺では、講員や檀家様、一般の方々がお面を被るのが一般的であることを考えると、融通念仏宗の力の入れようがわかる。しかも、重要な役どころである観音菩薩様と勢至菩薩様については、本山の許可がいるのだそうだ。極楽浄土を本気で再現しようとされているのだ。だからこそ、美しいだけなく、厳かさも同時に感じるのだろう。
 二十五菩薩様すべてが渡御されると、続いて、ご本尊である十一尊天得如来様、法主猊下、法要出仕僧などが順に渡御される。十一尊天得如来様は融通念仏宗のご本尊様で、阿弥陀如来と十菩薩を描いた仏画である。これを入れた細長い箱を僧侶らが抱え、来迎橋を渡って、堂内に入る。十一尊天得如来は本堂の内陣に安置される。
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屈みこむ僧侶が床をたたき、菩薩様を誘導する。菩薩面を被ると視界は限られる

2-2) 本堂内法要

2-2-1) 菩薩伝供(ぼさつでんぐ)

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 菩薩さまたちが来迎橋を渡って堂内に入られると、仏徳を讃える声明の流れるなか、菩薩様らによる「伝供(でんぐ)」が始まる。伝供とは、堂内に入られた菩薩様たちが供物(お花)を次々に手渡しして、仏前にお供えするものである。供物は最初、本堂正面の入り口に置かれている。このそばにおられる菩薩様がお花を持ち、楚々とした歩みで堂内に進まれる。そして、堂内の少し奥で待っていた別の菩薩様にお花を手渡しする。この動きがなんとも上品でエレガントなのである。菩薩様たちはいくつかのグループに分かれて移動されるので、まるでフォーメーションダンスのように見えてしまう。
 菩薩様によるファッションショーの次は、フォーメーションダンスが始まるのだ。最初に観たときは本当に驚いた。素晴らしい。万部おねりならではの感動である。見物客のなかには、菩薩様による来迎橋の渡御が終わると帰ってしまう人も多い。しかし、ぜひとも、そこで帰らず、本堂内で行われる伝供を観てほしい。他のお寺のお練供養では見られない、大念仏寺独特のものなのだから。

2-2-2) 法要

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 伝供が終わると、菩薩様はお堂の奥に入られ、いったん退席される。ここからが法要の始まりだ。内陣エリアでたくさんの僧侶による阿弥陀経の読誦が始まる。阿弥陀経による先祖諸霊追善回向に加えて、世界平和、万民快楽、交通安全等の祈願を行うのだそうだ。
 私はお経に詳しいわけではなく、何を読んでおられるのか正直わからない。しかし、大念仏寺の大きな本堂にあまねく響き渡るお経を聞いてると、多幸感に包まれる。美しく荘厳された堂内を見上げると、読誦された音の一つ一つが天井に向かって舞い上がっていくようだ。法要は宗教的な意味のある儀式ではあるが、私はむしろその美しさに感じ入る。
 また、僧侶の皆さまによる読経の合間に、お子さんによる迦陵頻伽の舞もあった。毎日行われているかどうかは不明だが、私がこれまで訪れた3回いずれも迦陵頻伽ちゃんは登場した。これがもう可愛くてしかたない。過去の動画を何度見たことか。演じられるのは檀家さんのお子さんなのだろうか。よく練習してえらい。ご両親がビデオを撮られているのもほほえましい。

2-2-3) 還御(かんぎょ)

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読経が終わると、堂内の奥から再び菩薩様がお一人ずつ登場。堂外の橋を渡り、お帰りになる

 さて、長い法要が終わると、本堂の奥から再び菩薩さまや僧衆が一人一人順番に登場し、また来迎橋を渡って帰っていかれる。これが「還御」である。俗に「練りかえし」とも呼ばれる。これは、「極楽にたどり着いた者は再び娑婆世界へ帰り来て、苦界に沈む人々を救済しなければならない」という教えに基づいて行われるものである。

 入御から還御まで、すべてが終わるまで3時間弱。菩薩さまの優雅な動きも、堂内の天井に昇るように響いていく読経も、美しい。夢のような時間を過ごせる。
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(↑観音菩薩様は腰をかがめて蓮台を掲げ、歩まれる。堂内の奥から、勢至菩薩様が合掌して登場。あまりに恐れ多くて手が震え、一瞬でカメラをオフにしてしまった結果がこの一瞬の動画)

3 改元記念で地蔵菩薩さまがお出ましに

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改元記念で特別に登場された地蔵菩薩様!

 2019年の万部おねりの初日である5月1日は、偶然にも、令和元年の最初の日。今年の初日には、改元を記念して特別に地蔵菩薩さまもお渡りされたそうだ。地蔵菩薩さまはご遠忌や改元など、よっぽどのときしか登場なさらない。
 私はその情報を事前に得ておらず、初日が雨天だったため、翌日の5月2日の万部おねりをお参りしてしまった。地蔵菩薩様は初日の1回のみと決まっているそうで、2日目以降は地蔵菩薩さまはお渡りされない。
 ところが、5月2日の練供養が終わって、人々が去り始めた頃、突如として地蔵菩薩様が橋を渡って来られるではないか。あとで伺ったのだが、1日が雨天だったため、写真撮影のためだけにお出ましになったのだそうだ。登場されて立ち去られるまで、わずか数分間。白いお顔の地蔵菩薩様は、ぱしゃぱしゃと何枚か写真撮影に応じたあと、風のようにさわやかに去っていかれた。ファンとのツーショット撮影などは望むべくもなかった。
 とはいえ、偶然にも地蔵菩薩さまを拝見してできるとは、なんとも幸運だった。

4 當麻寺との違いと融通念仏宗らしさ

 お練供養といえば、奈良の當麻寺。當麻の練供養をご存知の方であれば、「あれ、中将姫さまがおられないじゃない」と思うのではないだろうか。當麻寺では、中将姫さまのお像が橋を渡られる。まさに、練供養の主役なのだが、大念仏寺の練供養では、中将姫さまはお出ましにならない。
 中将姫の代わりというわけではないが、大念仏寺では、融通念仏宗のご本尊十一尊天得如来様が渡御される。これは彫刻ではなく、仏画である。黄色の布で包まれた細長い箱に収められている。来迎橋を渡って、本堂に運ばれ、法要の間は内陣中央に鎮座される。法要が終わると、十一尊天得如来様も菩薩様とともに橋を渡って帰られる。
 融通念仏宗ではご回在といって、十一尊天得如来様が檀家を回られる制度がある。大阪地区では毎年3月から7月、奈良では9月から12月にかけて、ご本尊様が各家を訪問されるのである。普通、仏像や仏画としてのご本尊様はお寺の外を出歩かれることはない。それがおうちまでおいでくださるというのだから、うらやましく思える。檀信徒の皆様にとっては、練供養においてご本尊様が渡御されるのは、当然のことなのかもしれない。来迎の練供養といっても、お寺によって特徴があり、どれも魅了される。

5 被仏の阿弥陀如来

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大念仏寺に現存する被仏さま。写真は展覧会「極楽へのいざないー練り供養をめぐる美術ー」(2013年)図録より。關信子先生の解説もぜひお読みください!

 大念仏寺の練供養では、かつて、木彫の阿弥陀如来像の中に人が入って菩薩様たちを出迎えるという演出がなされた時期もあった。迎講阿弥陀如来、いわゆる、被仏である。
 この被仏様は今でこそ使われていないものの、そのお姿は大念仏寺の宝物館で拝むことができる。万部おねりの日、宝物館は開いている(無料)ので、ぜひ拝観されたい(宝物館は4時に閉まってしまうので、ご注意を)。ガラス越しながら間近で拝める。とても大ぶりで、中に人が入ることを意図したお像だとわかる。
 被仏様が今も現役で登場されるのは弘法寺岡山県瀬戸内市)のみ。かつて使われていた証である阿弥陀如来像が残るのは、當麻寺本堂(奈良県葛城市)、米山寺(広島県三原市)、美作誕生寺(岡山県久米南町)と、ここ大念仏寺だけのようである。
 このほか、宝物館には、亀鉦などの寺宝も展示されている。亀鉦の話もおもしろいのだが、長くなるのでまた別の機会に。

6 参考資料

〇『月間大和路ならら 融通念仏宗のすべて』(2015年4月号)
〇大念仏寺「万部おねり」リーフレット
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〇冊子『融通念仏宗 第十一教区強化活動』(平成27年11月)※奈良の某寺でお分けいただいた一冊がとても勉強になった。ありがとうございます。

7 参拝案内

融通念仏宗総本山 大念仏寺
大阪市平野区平野上町1-7-26 TEL 06-6791-0026 / FAX 06-6793-3050
午前9時30分から午後4時30分まで(午後5時閉門)
JR大和路線「平野」駅より 南へ徒歩5分
または 大阪メトロ谷町線「平野」駅 ①②出口より 北へ徒歩8分

【コラム】コロナ自粛中の拝観マイルール6か条で、楽しい出会いがありました

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1. 感染症の拡大を防がなければなりません!

 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染が心配な昨今ですが、仏像好きの皆さんはお元気でお過ごしでしょうか?
 春のご開帳シーズンには仏像好きのお友達(いわゆる仏友さん)とどこかで出くわすのが常でしたが、今年はどなたにもお会いできていません。Twitterでも「〇寺で仏像拝んできたー」という書き込みが皆無となり、TLは寂しくなりました。皆さん、外出を自粛され、おうちで過ごされているのだと思います。
 頻繁に仏像拝観に出かけていた私も、3月に入ってから宿泊を伴う遠征を自粛しています。4月以降は、仕事以外で公共交通機関を利用していません。
 ウィルスの恐怖は1月の春節の頃から生活圏にひたひたと押し寄せてきましたが、私が「これは本当にやばい」と感じたのは3月に入ってからでした。WHOがパンデミックを宣言した3月初め頃から、ヨーロッパやオーストラリアの取引先から悲鳴のような連絡が次々と入ってきたのです。某国からは「今は戦争状態で、仕事どころではない」と断言するメールも届きました。
 そうこうしているうちに、日本の状況も悪化しました。楽しみにしていた3月14-15日の名古屋の松本寺のご開帳は中止となりました。実際には、松本寺はイベント中止なだけで薬師如来様は拝観させていただけたようですが、私は自粛しました。このご開帳と絡めた仏像リンクさんのツアーも中止になりました。また、翌週お彼岸の3連休に予定していた西国3か寺(紀三井寺三井寺石山寺)のご開帳への旅も直前に自粛し、取りやめました。しかし、私の個人的な自粛が奏功するほど、甘くはなかったのです。事態はさらに深刻に。小池都知事の「三蜜避けて」という記者会見が3月25日に行われ、4月7日に総理大臣が緊急事態を宣言する事態となりました。

 不要不急を避けて、ステイ・ホーム。ワクチンや特効薬が開発されていないどころか、PCR検査さえ満足に受けられない現状では、外出自粛によって感染拡大を防ぎ、医療崩壊を避ける以外に、有効な対策がありません。自分が感染しない。他人にも感染させない。それしかないのです。そう理解しているからこそ、電車にも乗らず、ご開帳にもいかず、春のお練供養にもいかず、耐えているのです。

2. 拝観マイルールを決めました!

 しかし、なんでもかんでも我慢では、神経がまいってしまいます。古寺をめぐり仏像にお会いすることで心身のバランスを保ってきた私にとっては、仏像拝観は決して不要なものではないのです。
 外出制限のある中で、何か代替策はないのかーーーと考え、以下のマイルールを決めました。緊急事態宣言下において、これまでのように仏像拝観に行けなくなった私がたどり着いた、新たな楽しみ方は、以下の6か条にまとまりました。

【コロナ自粛時における拝観マイルール】


 厚生労働所の通達では、「屋外での運動や散歩など、生活や健康の維持のために必要なものについては外出の自粛要請の対象外とする」とされています(脚注※)。この規定を大前提として、あくまで「健康維持のために必要な屋外での運動や散歩」の範囲内で、仏像活動を行います。

‪1) 公共交通機関とマイカーは使わず、徒歩か自転車で(あくまで健康維持のための屋外での運動の範囲内で)
‪2) 人の集まりがちな駅前やスーパー、公園の近くは通らない。‬川沿いの遊歩道も人が多く、危険なので避ける。
‪3) 寺社内で住職やご家族に話しかけない。ピンポン鳴らさない。ご朱印もらわない。予約拝観もちろんなし。‬
‪4) つまりは、お寺の看板を読んで、堂内覗き込むだけ‬!
5) お寺の看板は知識の宝庫。知らない情報を得られるはず。コロナが落ち着いたら、お寺を再訪し、住職に話しかけて詳しく教えていただこう。
6) 堂内拝観はできなくても、露座の銅像や石仏、仁王さんには出会える。思いがけず発見があるはずなので、その出会いに期待する。

3. マイルールで思いのほか楽しい出会いが! 

 実はこのマイルールでお出かけしたところ、思いのほか楽しいです!
 まずは、地元仏師による温かみのある銅像に出会えました! なんと市指定文化財でした! 
 さらに、文化財指定のお堂に、60年に一度の秘仏がおられることも知りました! 廃寺になったお堂の跡地に公民館が建ち、そこに今も観音像がおまつりされていることも知りました! 
 私が住むのは東京でも多摩地域で、仏像の観点からはかなりの僻地です。それでも、自転車圏内という狭い範囲で、こうした体験ができたのです。しかも、誰とも会うことなく、たった一人で。
 このドキドキをブログで少しずつご紹介したいと思っています。またブログに書きたいことが増えました!

 さて、ここで質問です。冒頭に掲げた写真はどちらのお像でしょうか?? 




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【脚注】
厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」(令和2年3月 28 日(令和2年5月 14 日変更))p14-15より

1)外出の自粛(後述する職場への出勤を除く)
① 特定警戒都道府県は、引き続き、「最低 7 割、極力 8 割程度の接触
機会の低減」を目指して、法第 45 条第 1 項に基づく外出の自粛につ
いて協力の要請を行うものとする。その際、不要不急の帰省や旅行な
ど、都道府県をまたいで人が移動することは、感染拡大防止の観点から
極力避けるよう住民に促す。また、これまでにクラスターが発生してい
る、繁華街の接待を伴う飲食店等については、年齢等を問わず、外出を自
粛するよう促す。
一方、医療機関への通院、食料・医薬品・生活必需品の買い出し、必要
な職場への出勤、屋外での運動や散歩など、生活や健康の維持のために必
要なものについては外出の自粛要請の対象外とする。



【展覧会】「文化財よ、永遠に」東京国立博物館

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文化財よ、永遠に」東京国立博物館
会期 2019年10月1日(火) ~12月1日(日)
会場 東京国立博物館 本館特別4室・特別5室

 「文化財よ、永遠に」展は、住友財団の助成で修復された文化財を紹介する展覧会。国内4館で開催され、東京国立博物館の会場では、日本各地の古い仏像が集められた。優れた地方仏が多く、魅了された。注目すべきは、文化財の修復がテーマであるため、各仏像の修復を担当した修復所の名前も明記された点だと思う。修復の過程も展示され、大変勉強になった。仏像修復に携われた方々に敬意と感謝を申し上げたい。

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展覧会図録

 特に、以下の仏像に魅了された。
三佛寺 阿弥陀如来立像
山形向居薬師堂 薬師如来坐像
海住山寺 薬師如来坐像
高知・北寺 薬師如来坐像
鎌倉常楽寺 阿弥陀三尊
茨城真壁町山口地区 虚空蔵菩薩坐像
岩手・正音寺の七仏薬師

 三佛寺阿弥陀如来立像は頭部が大きくて体部が細い。その不思議なお姿に神聖さを感じた。その前に立ち尽くしたり、しゃがみこんで見上げたりを繰り返した。普段秘仏となっているこの神聖なお像をこんなに間近で拝んでよいのだろうか。
 そして、この阿弥陀如来立像と背中合わせに、鎌倉常楽寺阿弥陀三尊が安置されていた。鎌倉らしい美しさに息をのんだ。北条泰時の臨終仏だという。
 鳥取三佛寺と鎌倉常楽寺の組合せは、通常であればありえないだろう。展覧会場ならではの(おそらく)偶然の配置に強く惹かれた。
 さらに、常楽寺阿弥陀三尊は、埼玉県加須市・保寧寺の阿弥陀三尊と向い合せに展示されていた。常楽寺と保寧寺の阿弥陀三尊はどちらも鎌倉時代の慶派の作と考えられるが、ムチムチした保寧寺像と、繊細で流麗な常楽寺像は、対比されるべきだろう。
 展覧会入り口、最初の岩手・正音寺の七仏薬師には思わず合掌した。中尊は、木目に沿うかのようにお顔が斜めになっている。七仏がお並びのところを拝めてありがたかった。

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会場入ってすぐ岩手・正音寺の七仏薬師が出迎えてくれた。平安の清々しいお姿に心が洗われる。修理は世田谷の明古堂
 山形向居薬師堂の薬師如来坐像茨城県真壁町山口地区の虚空蔵菩薩坐像にも心を大きく動され、しばらくその前に立ち尽くした。どちらも修理の過程が図録に詳しく載っており、興味深く拝読した。
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山形向居薬師堂の薬師如来坐像
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茨城県虚空蔵菩薩坐像

 週末に夜間開館を行ってくださったこともあり、私は合計4回ほど足を運んだ。地方の平安仏が、世間であくせく生きる私の汚れを癒し、緊張をほどいてくれたように思う。素晴らしい展覧会だったのに、割といつもすいていた。優れた地方仏がこれほど集まる展覧会はそうないと思うので、その点だけが残念だった。
 最後にもう一度申し上げたい。仏像の修復と維持に関わる全ての皆様へ、こころからありがとうございます。


※参考サイト
上記の写真(冒頭の博物館外観写真を除く)は、以下のサイト(東京国立博物館ブログ)よりお借りしました。
以下をクリックしていただくと、本展覧会に関するブログが続けて読めます。私のブログは流し読みのうえ、こちらのブログをぜひともご熟読ください!
東京国立博物館 - 1089ブログ

※おまけ
1) この展覧会終了後、2020年1月に鎌倉市大船・常楽寺阿弥陀三尊を参拝した記録はこちらから。もうこの阿弥陀三尊ほんとうに好きです...!
butsuzodiary.hateblo.jp
2) 埼玉の保寧寺の参拝記録はこちらから。
butsuzodiary.hateblo.jp

2020年1月の仏像拝観リスト

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 今年の1月は家でおとなしくしていたつもりなのだが、リストアップしてみると思いのほか出かけていて驚いた。実を言うと、もっと激しく出歩く予定だったのだが、年末に転んで左膝を強打したため、思うように歩き回れなかったのだ。それでも、1月3日に千葉県松戸・萬満寺で重文仁王さんの股くぐりをし、神奈川西部まで移動して、日向薬師の山道の参道を登った。仏像ファンとしてはエライ。しかし、人間としてはオカシイ。無茶はよくない。
 1月に初めてお会いした仏像の中で印象的だったのは、群馬の日輪寺の鉈彫り像だ。毎年1月11日にご開帳で、やっとお参りできた。さらに、前橋市内の某寺で特別拝観させていただいた筑波山ゆかりの朽ちた仏像たちは、今も心に深く刻まれている。なお、事前調査の感触としては、群馬は予約拝観のハードルが高い。地域的な文化の違いを感じた。関西の感覚でお寺に電話してはいけない。
 また、なぜか神奈川県によく通った月でもあった。横浜の町中に残る古仏はわくわくするし、鎌倉市大船の常楽寺の夜の御開帳は魔法がかかったかのような美しさだった。常楽寺の御開帳は毎年通いたくなるので、沼にはまりがちな人には危険すぎてお勧めできない。

1月2日
○御手観音堂(清鏡寺 東京都八王子市)
・真数千手観音坐像(江戸時代 文化財未指定)
・十一面観音立像(鎌倉初期? 東京都指定文化財
・石造不動明王坐像(堂の裏の伝説の不動明王像)
・背負える千手観音立像
影向寺(神奈川県川崎市
・薬師三尊(国重文)
・二天立像、十二神将(市指定文化財
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1月3日
○萬満寺(千葉県松戸市
・仁王さん(重文 阿形さんの股くぐり!)
・本堂の阿弥陀如来坐像(市指定) 
・方丈の不動明王立像(市指定)
日向薬師(神奈川県伊勢原市
・鉈彫の本尊薬師三尊など
六所神社(神奈川県大磯町)
・神像 今回は収蔵庫内に入って間近で拝観。裏側も見えて興奮。毎年1月3日の公開だったが、修理のため、今後しばらくは公開の予定なし。


1月4日
信松院(東京都八王子市)
・松姫坐像(市指定)
・軍船ひな形(都指定)

1月5日
土方歳三記念館(東京都日野市)
池田屋事件の時に身につけていた鎖帷子など
○安養寺(東京都日野市)
毘沙門天立像(都指定)
薬師如来坐像(江戸)
高幡不動尊(東京都日野市)
不動明王及び二童子(重文)

1月11日
○日輪寺(群馬県前橋市
・鉈彫の十一面観音立像(県指定)
・本堂に馬鳴菩薩(馬に乗っている)
無量光寺群馬県前橋市
・十一面観音立像(県指定)
・千手観音立像
聖観音立像
地蔵菩薩立像(市指定)
○山王廃寺
・塑像(「前橋・高崎発掘物語 文化財を未来へつなぐ」展@K’BIX元気21まえばし 普段は前橋の博物館におられるそうです)
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1月13日
弘明寺(神奈川県横浜市
・鉈彫の本尊十一面観音立像(重文)
○真照寺(神奈川県横浜市
毘沙門天立像(市指定)

1月18日
○出雲と大和展(東京国立博物館
・矢田寺の十一面観音立像
びわこ長浜観音ハウス
・観音ガールのプレゼン
・千手千足観音立像
浅草寺
温座陀羅尼会 鬼さんが歌舞伎メイクだった!
○出雲と大和展(東京国立博物館
・矢田寺の十一面観音立像again
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1月24日
常楽寺(神奈川県鎌倉市大船)
文殊堂 文殊菩薩坐像(文殊祭の宵祭ご開帳)(県指定、鎌倉)堂内で間近で拝観
・仏殿 阿弥陀三尊(市指定、鎌倉)
冬の夜の静かなご開帳。24日の夜と25日午前中に文殊様を拝観できる。午後の法要がメイン行事だが、この時は文殊様に近づけない。できれば両日お参りすべし。
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1月25日
五條天神社(鷽替。木彫の鷽は1月1日と1月25日のみ授与)
○牛天神北野神社(鷽替。木彫の鷽は1月25日のみ授与)
○平河天満宮(木彫の鷽は通年授与)
半蔵門ミュージアム
特集展示「復元された古代の音」
復元された楽器とともに、その実際の音を展示。箜篌(くご)、瑟(しつ)、簫(しょう)、編鐘(へんしょう)。楽器を演奏する菩薩が描かれた「阿弥陀聖衆来迎図」と「清海曼陀羅」も。
三井記念美術館「国宝 雪松図と明治天皇への献茶」 国宝の志野焼「卯花墻 」がお目当て
○「出雲と大和」展(東京国立博物館) 3回目
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1月26日
陶芸教室(五島美術館

2019年8月の仏像拝観リスト

 7月から体調が今一つだったが、夏休みを二回に分けて取り、徐々に回復できた。前半で東京近郊の四万六千日をめぐり、後半で京都と奈良の地蔵盆へ。締めは滋賀県長浜の丹生谷文化財フェスタ。
 地蔵盆に出かけたけど、関西に行ったからには丈六阿弥陀様にもお会いしたくなる。京都市伏見の法界寺の阿弥陀さまの優しさと包容力に癒され、一念寺の阿弥陀さまのカッコよさに幸せ感じた。

8月8日
○「優しいほとけ・怖いほとけ」展(根津美術館
12世紀の菩薩立像(観音)など。お像の伝来について説明がほしかった。不動明王仏画に直毛の不動様がおられた
○「日本の素朴絵 ーゆるい、かわいい、たのしい美術ー」(三井記念美術館
○「奈良大和四寺のみほとけ」展(東京国立博物館
○「やまちんー沖縄のやきもの」展(東京国立博物館

8月9日
○坂東10番正法寺(岩殿観音)四万六千日
○坂東11番安楽寺(吉見観音)四万六千日。夜の法要の後、花火

8月10日
長谷寺鎌倉市)四万六千日
○安養寺(鎌倉市)四万六千日
○杉本寺(鎌倉市)四万六千日
覚園寺鎌倉市)黒地蔵盆
○宝戒寺(鎌倉市
普段は外からガラス越しに覗くだけの聖天堂から、阿弥陀如来立像と十一面観音立像が本堂にお出まし。阿弥陀は三尺ほどで、おそらく鎌倉時代か? 十一面観音立像は、堂外から覗くと古い感じにみえたが、近くで見ると最近の作(昭和とか?)のようだった。聖天堂は改修工事中
○「仏像入門」展(鎌倉国宝館)
鎌倉大仏
※岩田珈琲のホットケーキ
○西方寺(東京都調布市)四万六千日

8月16日
九品仏浄真寺
・閻魔堂落慶
・虫干し大法要

8月22日
MIHO MUSEUM滋賀県甲賀市
山科地蔵徳林院(京都六地蔵
源光寺 常盤地蔵(京都六地蔵
仁和寺京都市)金堂経蔵・観音堂特別公開
堂本印象美術館(京都市) 印象所蔵の仏像が初公開

8月23日
能化院(宇治市)予約拝観
法界寺(伏見区)国宝の丈六阿弥陀さま
大善寺伏見区)京都六地蔵
一念寺(伏見区) 丈六阿弥陀様を予約拝観
恋塚浄禅寺 鳥羽地蔵(南区)京都六地蔵
智恵光院(上京区)六臂地蔵ご開帳
元興寺奈良市地蔵盆で夜の曼荼羅堂に地蔵菩薩ツイントップ

8月24日
奈良国立博物館「法徳寺の仏像ー近代を旅した仏たちー」「いのりの世界の動物」展示
唐招提寺奈良市地蔵堂ご開帳
嵯峨薬師寺京都市右京区)15時まで地蔵盆ご開帳、送り火
京都国立博物館「京博寄託の名宝 ─美を守り、美を伝える─」展

8月25日
滋賀県長浜市(長浜の観音ガールさんに連れて行ってもらいました! 大好き!)

○瓜生(うりゅう)薬師堂(滋賀県長浜市瓜生町)
薬師如来坐像
重要文化財。像高159.1cm。欅の一木造り。背から内刳り。膝前別材で剥ぎつけ。10世紀末から遅くとも11世紀初の作。延暦寺領に建てられた天台寺院の仏像によく見られる作風を示す。天台彫刻史上重要な資料。(案内チラシより)
両脇侍像は文化財未指定。正面左の菩薩像は鎌倉と言えそうな美仏と見たのだが、どうだろう。控えめな肥後定慶さんという感じがしたのだが。

○黒田観音寺(長浜市木之本本町黒田)
・伝千手観音立像 9世紀末〜10世紀初 199.0cm 国指定重要文化財 桧材一木造 素地仕上げ
お寺でお会いするのは二度目だが、展覧会とは違う表情に見える。第三の目はないものの、胸の前で合掌する両手がないことなどから、千手観音ではなく、准胝観音だろうという説明あり。

長浜の丹生谷文化財フェスタ

○上丹生(かみにゅう)薬師堂(滋賀県長浜余呉町上丹生)
上丹生薬師堂は隣の八幡神社の神宮寺だった。現在は源昌寺が管理する。
今回の丹生谷文化財フェスタでは、秘仏本尊薬師如来立像が公開された。

・本尊秘仏薬師如来立像
重要文化財。50年に一度の秘仏。建保3年(1215) と背面に墨書あり。像高147cm。檜一木造りで、内刳りなし。頭部に比して、体部は非常に薄い。衣文は簡略化。地方仏師の作か。薬壺光背は後補(以上、現地の案内より)。
頭部が大きくて体部が薄い像は神聖さが増すと思う。私はそういう像が好き。大和郡山・矢田寺の試みの地蔵菩薩根津美術館の快助の地蔵菩薩も、そういう表現で、特殊な神々しさを生んでいる。
菅並の洞寿院東林寺の秘仏聖観音立像とよく似ている。どちらも地方仏師によるものか。

・お前立の薬師如来坐像
現在、京都の美術院で修理中。

・僧形坐像
素朴な小像。

聖観音坐像
公開日の朝早く東京に旅立たれ、上野のびわこ長浜KANNON HOUSE へ。

○源昌寺
聖観音立像
・見返り文殊菩薩

○東林寺
聖観音菩薩立像(健保4年 1216年 重要文化財
東林寺は33年に本開帳、17年に中開帳。数年前に東京芸大美術館でお会いした。

○洞寿院
大日如来坐像など

【大阪府】興善寺(岬町)に寄進して、仏像拝みにいきましょう!

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 和歌山県との県境、大阪府岬町の山沿いのお寺、興善寺。一昨年の台風(2018年台風20号と21号)により大きな被害を受け、復旧のためのクラウドファンディングを実施中である。2020年2月22日、ご住職にご案内いただき、お参りさせていただいた。

 興善寺は852年創建で、平安後期の胎蔵界大日如来、通称みさき大仏(国重要文化財)ほか、連綿として続く信仰の対象である貴重な文化財を多数お持ちである。この維持を一か寺だけに背負わせるのはよくない。岬町のゆかりの人にお願いするだけでも足りない。大阪府内外の大勢の人とご縁を結び、その寄進によって修復し維持していくべきだと思う。

 このクラウドファンディングでは、リターンの一部としてお寺の拝観機会が付いている。仏像ファンであれば、ぜひともCFに協力したうえで拝観しようではないか! リンク先からぜひともご寄進を!

www.makuake.com

1) 興善寺とは

クラウドファンディングのサイトから、お寺の簡単な歴史を引用する。

鳳樹山 興善寺は、天台宗比叡山延暦寺の末寺として、仁寿二年(852年)文徳天皇勅願寺として慈覚大師円仁が創建されました。旧国宝の「みさき大仏胎蔵界大日如来」「薬師如来」「釈迦如来」をはじめ、本堂(1688)、山門(1736)、鐘楼、不動堂、聖徳太子堂、回向堂、鬼子母神堂と、数多くの仏様を祀るお寺です。現在の建物は、元亀天正(1570年頃)の兵火により焼失後、明暦元年(1655年)中興の祖専海大僧都紀州粉河寺より興善寺へ来られ、元禄元年(1688年)本堂より再建され今に至ります

引用終わり

2) 【本堂】重文の巨大な平安仏が鎮座!

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(↑写真はクラウドファンディングのサイトより)
 興善寺は南海の多奈川駅から2キロ。のんびり歩き、台風で壊れたままの山門をくぐって境内へ。本堂は、境内の階段を上った高台にある。堂内に入ってびっくり! 大きな平安の如来坐像が3躯まつられていた! いずれも国の重要文化財だ。

胎蔵界大日如来坐像 1120年 288cm(通称みさき大仏)
釈迦如来坐像 1093年 138.9cm
薬師如来坐像 139.2cm

 写真で見る以上の迫力だ。特に、中尊の胎蔵界大日如来は、お堂の屋根に届きそうなほど大きい。よく見ると、お堂の床より下の部分がくりぬかれており、そこに置かれた大きな蓮台の上に坐しておられる。床下部分もかなり深く、台座もかなり大きい。

 胎蔵界大日如来の胎内墨書には、女性を中心として300名ほどの結縁者の名前が見つかっているそうだ。胎蔵界ということで、安産や子育てと結びついたと考えられている。女性の結縁者が多いのはそのためだろう。そして、とてつもなく大きいのに、果てしない優しさを感じるのも、そうした信仰あってのことだろう。興善寺では、この大日如来を未来、薬師如来を現在、釈迦如来を過去とみなし、信仰しているのだそうだ。

 平安時代中後期の優しく大きな如来坐像は必見である!

 私がお参りした際には、この三尊の修理に向けて美術院の方が調査に来られていた。山沿いの小さなお寺の大きな大きなお像をいかに修復するのか思案されているようだった。地方での大きな仏像の修理は大変なこともあるだろう。協力できることがあれば、微力ながらお役に立てればと思う。

 なお、この三尊の合間には、菩薩立像と天部立像(梵天帝釈天?)と思われる破損仏2躯もまつられている。こちらも忘れずに拝観したい。お像の由来も明らかになることを願っている。

3) 【山門】大きな被害を受け、支援が必要です!

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 台風被害を受けた山門はまだ手付かずのまま。クラウドファンディングのサイトに掲載されている状況とほとんど変わっていない。
 山門が壊れたため、元々その中に安置されていた四天王立像は今、不動堂にご避難なさっている。お腹に白い覆いをされ、紐で固定される四天王さまは痛々しい。無事に修復され、また山門をお守りいただきたい。

4) 【不動堂】大きな不動明王立像も必見! 四天王像を仮安置中!

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 山門の四天王が避難されている不動堂には、その中尊として2メートル弱ほどの大きな不動明王立像がおられる。おそらく平安後期か? 
 その正面右手には、もう少し時代の新しい(鎌倉以降?)千手観音立像も。
 いずれも文化財未指定とのことで、これまた驚きだ。撮影不可のため、写真を掲載できないのがのが残念でならない。この二尊に加えて、山門の四天王立像も安置される不動堂は、仏像好きには垂涎の空間となっている。ぜひとも寄進して拝観してほしい。彫刻史に詳しい方からのコメントをお待ちしたい。
 不動明王立像の正面左端には、厨子が置かれる。その扉は閉じられていたが、お軸の元三大師様がまつられていると伺った。興善寺様は天台宗である。

5) 檀王法林寺の四天王像が!?

 さらに驚いたのが、京都の三条駅近くの檀王法林寺の四天王像が、もともとこの興善寺に伝来したものだということだ! 
 檀王法林寺の公式サイトによると、すべて2メートルほどの大きなお像で、「最も古式である広目天像は、興善寺が所有する保安元年(1120)銘の大日如来像のものと共通することから平安時代後期の作で、その他の像は鎌倉後期から南北朝と考えられている」のだそうだ。こちらもお参りに行かなければ! 
www.dannoh.or.jp

 最後に、お忙しい中、ご案内くださったご住職とご家族の皆様に改めてお礼を申し上げたい。信仰と貴重な文化財をお守りしようとするお気持ちがひしひしと伝わってきた。多くの方に興善寺様を知っていただき、支援を広げていただければと願っている。

【追記2020.04.11】クラファン達成!

2020年3月9日にクラウドファンディングは無事に達成されました! ブログやTwitterでの呼びかけたところ、全国各地の仏友さんが「参加したよー」と言ってくださいました。Makuakeサイトによると、私のリンクから12件の参加があったようです。仏友さんたちと気持ちを共有できたことがともてうれしいです。そして、それによって、わずかでも興善寺様のお役に立てたのなら、なおのことうれしい。興善寺さまのクラファンに感謝を申し上げます。今後も支援が必要かと思います。またお参りに行って、少額でも寄進したいです。

拝観案内

天台宗鳳樹山興善寺
〒599-0311 大阪府泉南郡 岬町多奈川谷川1460
南海多奈川線多奈川駅よりコミュニティバス 極楽橋下車徒歩5分
このバスは1時間に一本程度。私は多奈川駅から歩いた。Googleマップのとおりに進むと途中とんでもない田舎道に迷い込むので、それも楽しかった。
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【焼き物】恋✖️無知=無謀。仏像好きが志野焼に挑戦

鼠志野(峯紅葉)に恋に落ちて…

 五島美術館「美の友の会」会員向けの陶芸教室に参加した。
 きっかけは数か月前。東京世田谷にある五島美術館で、鼠志野(銘 峯紅葉)の微妙な色合いと形の歪みにやられてしまった。恋に落ちたのである。実物の色合いは、この写真より何百倍も微妙で繊細だ。
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(↑五島美術館のサイトより)
 とはいえ、私は焼き物に詳しくないし、茶道のたしなみもない。しかも、手先はかなり無器用。そんな自分が陶芸教室に申し込む日が来るとは。

 恋✖️無知=無謀。そんな方程式が脳裏に浮かぶ。

実演指導は眼から鱗

 陶芸教室では、学芸員さんの解説のあと、岐阜県可児市の弘法窯の作家さんが実演指導してくださった。
 なかでも感動したのは、鼠志野の実演である。峯紅葉の展示解説に、「鬼板という鉄泥をかけたあと、亀甲文と檜垣文を掻き落としてから、白い釉薬をかけた…」という趣旨が書いてあった。これを読んで、なぜか興奮した私。
 今回の教室では、目の前で作家さんが掻き落としを実演。あっという間に、ささっと…。解説を読むのと、実演を見るのとは大違い。感動した。
 ちなみに、掻き落としだけでなく、釉薬の調合とか、もっと高度な技があるのだろうが、今回の教室では当然そこまではできない。釉薬は秘伝なのだそう。それでも、解説読むだけよりも断然理解できる!

目指したのは「峯紅葉」✖️「卯花墻」✖️「禅」(す、すみません)

 さて、自分は何を作ろう。身近に使える湯呑みかご飯茶碗を作りたかったのだが、初心者は大きくて丸い茶碗がよいとのことだった。一点の曇りもない初心者なので、大きくて丸めの茶碗を作ることにした。
 目指したのは、峯紅葉をもう少し丸くしたフォルム。
 色合いは鼠志野と最後まで迷ったが、白い志野釉にした。頭の中には、国宝の卯花墻(三井記念美術館)をイメージ。この白は優しい! 
 そして、絵付けは、大好きな亀甲文と迷ったが、最終的に、大きく丸を一つ描くことにした。鬼板という顔料がすうーっと粘土に染み込んだ。これは先日禅寺で拝受したご朱印のイメージだ。 
 ここまで一流どころを目指してしまうとは。素人はこわい。
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(↑これが卯花墻。実は教室の前日に三井記念美術館で拝見し、当日に備えた!)
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(↑このご朱印の大きな円をイメージした。甲府の能成寺にて拝受)

仏像だったら悩んでた

 もしこれが仏像彫刻教室だったら、もっといろいろ考えて悩んだだろう。「一木造りなんだから、翻波式にしなきゃ」とか、「宋風のヒラヒラ入れたいなら、玉眼にしなきゃ」などと、悩んだに違いない。彫刻刀さえ持てないくせに、余計な知識があるがゆえに、いろいろ悩んで立ち往生したに違いない!

色白は七難隠す?

 陶芸初心者はその点、安心だ。迷いはほとんどなく、見事に単純で分厚い茶碗になった。これから岐阜の弘法窯さんが乾燥し、釉薬をかけて、焼いてくださる。仕上げは、志野釉か透明釉、または、釉薬をかけない焼締の3パターンから選べる。上記のとおり、私は白い志野釉をお願いした。
 完成品の引き渡しは5月末の予定。穏やかな白になるといいなー。色白は七難を隠す、と言いますから。
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(↑これが私の峯紅葉✖️卯花墻✖️禅w しょぼいけど愛おしい。焼き上がりが楽しみだ)
(↓制作前の土と制作後。プロが練ってくれた土を壊さないように伸ばしていく。すべては先生たちのおかげ!)


参考

※鼠志野峯紅葉(五島美術館
https://www.gotoh-museum.or.jp/collection/col_05/02009_001.html
志野焼卯花墻(三井記念美術館
http://www.mitsui-museum.jp/collection/collection.html
五島美術館に陶芸教室は年に3回ほど。美の友の会(年会費4000円)会員向け。五島美術館には、鎌倉の鶴岡八幡宮におられた愛染明王重要文化財)が常設展示。

【鷽替】天神様の木彫りの鷽さんが好き2020

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1) 鷽替えとは

 野鳥の鷽(ウソ)をご存知だろうか。ぷっくりしたフォルムに、赤い喉元。「…ふぅ…」っという感じの声がまたかわいい。アトリ科の小さな鳥で、都内近郊でも冬に見かけることがある。
(野鳥のウソについては、日本野鳥の会のサイトをご覧ください→
BIRD FAN (日本野鳥の会) | ウソ オスの方が色が鮮やかで、天神様の木彫りの鷽さんもオスにインスパイアされたものだとわかる)

 一方、太宰府天満宮や亀戸天満宮など、全国の一部の天神様では、鷽替えと呼ばれる神事がある。神社によって趣旨に多少違いはあるが、鷽と嘘をかけて、「嘘を誠に」「凶を幸いに」替えましょう、というものである。信心の薄い私には、何をどう替えるのか理解しかねる部分もある。しかし、鷽替えのときに天神様で授与される木彫りの鷽さんが私にはとても魅力的に感じる! 鷽替は初天神である1月25日に行われることが多い。今年は久しぶりに土曜日に当たったので、都内の天神様をお参りしてきた。

2) 五條天神社

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 まずは激戦区の五條天神社へ。神社に到着したのが7:05。列に並ぶこと2時間15分。9時過ぎになんとか授けていただけた。実は6年前にも列に並んだのだが、その時は私のずっと前で売れ切れてしまった。頒布数が少ないそうで、毎年早い時間になくなってしまうらしい。6年越しにやっと鷽さんをお迎えでき、感慨もひとしお。

 帰宅して、木彫りの鷽えさんを愛でてみる。かわいいので、写真をご覧いただきたい。特に心惹かれるのは、背面の羽が跳ねてるところ。背中の緑色の下の方、シャワシャワっと色付けされている。これが羽毛らしさを感じさせ、とてもよい!

 五條天神社では、頭が金色の鷽さんが出るとラッキーということになっている。紙の袋に入った状態で授与されるので、金の鷽さんに当たったかどうかは、袋を開けてみるまでわからない。私のは金色ではなく、通常版の銀色だった。でも私は思う。通常こそ最強ではないかと。

3) 牛天神北野神社

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 円空を意識したような(たぶん違うw)思い切った形取りが可愛らしさを生む。野鳥の鷽は喉元が赤いのだが、この木彫りの鷽さんはクチバシが赤いように見えてしまう。これもご愛敬。もちろん好き。木箱入りで赤い毛氈が付くという高級仕様。2000円。

4) 平河天満宮

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 木彫りの鷽さんは通年授与。特異なのは、授与所に並ぶ複数の鷽さんたちの中から、好きな鷽さんを自分で選んで連れて帰れること。お店で縫いぐるみさんを選ぶような高揚感の中、このギョロ目さんをお連れした。背面の造りは、五條天のものと比べるとやや簡素。側面から見た背中の丸みがかわいい! 神社によって、それぞれよさがある。五條天神社が1500円で、平河天満宮が700円。それぞれ予算内で工夫して制作されているのだろう。
 なお、平河では、去年の鷽さんはこのようにお返しする。どの鷽さんもまだまだきれいで、大切にされていたことが伝わってくる。
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 平河天満宮は鳥居と、この石造の牛さんが千代田区の指定文化財
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5) 鷽替えは日本全国に!

 最後になるが、東京都内の鷽替といえば、やはり亀戸天満宮湯島天満宮が有名だと思う。私はすでにそれぞれ鷽さん4羽ずつを拝受していることと、五條天神社でエネルギーを使い尽くしたことから、今回は見送った。とはいえ、この二社の鷽さんも大好きなので、また機会を見つけて鷽替えの時にお参りしたい。
 初天神はちょうど梅の時期。梅の香りを感じながらお参りできるのもありがたい。
 欲を言えば、都内にも阿佐ヶ谷、成子、町田など、通年授与されているところもあるようなので、いつか行きたい。国立市谷保天満宮では、11月3日に鷽替があり、授与所で巫女さんが取り替えてくれる。
 千葉神社では、最初は最小の鷽さんを拝受し、翌年以降は少しずつ大きなものに替えていく。年々グレードアップしていくシステムだ。1月25日から節分まで授与されているので、節分を兼ねてお参りというのもありうる。
 太宰府や関西などでは、集まった参拝者同士で鷽を実際に取り替えることも行われているそうだ。東京では、そういう楽しみはないが、「鷽替え」という以上、本来はそういうものなのだろう。地方遠征もしたいけど、仏像も忙しいので、まあぼちぼちと楽しみたい。

※冒頭の写真は今回お参りする前の我が家の鷽さんたち。今年はここに上記の3羽が加わり、ますます楽しくなった。

【神奈川】常楽寺(鎌倉市)文殊祭の宵祭で文殊菩薩様と阿弥陀三尊を拝む

 常楽寺(神奈川県鎌倉市大船)は、北条泰時を開基とする臨済宗建長寺派の古刹。

 年に一度、文殊祭の宵祭の際に、秘仏文殊菩薩様を拝めると聞き、お参りしてきた。冬の夜、静かな灯りのともる禅寺で、鎌倉らしい美しい仏様を拝ませていただいた。
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1) 秘仏文殊菩薩坐像(恐れ多くも懐中電灯で…)

 常楽寺の参道を進み、山門をくぐると仏殿があり、本尊阿弥陀三尊がまつられている。さらに、仏殿の横に文殊堂があり、秘仏文殊菩薩坐像(県指定文化財)はここにまつられている。文殊菩薩様は秘仏で、毎年文殊祭の際にお堂が開かれる。
 文殊祭は、1月24日18時から宵祭があり、1月25日14時から本祭がある。25日の本祭では、大勢の僧侶による転読が行われるが、この時には堂外からしか拝観できず、お姿はほとんど見えないと聞く。
 しかし、その前夜祭とも言うべき宵祭では、18時からの法要の後、お堂に上げていただける。お厨子の中の文殊菩薩様を間近で拝ませていただけるのだ。しかも、大きな懐中電灯を手渡される! なんとも恐れ多いことだ。恐る恐る懐中電灯をお厨子の中に当ててみる。お厨子の中は暗く、近づいてもよくは見えない。それが、光を当てた途端に、美しい仏様が突如として目の前に現れる。わあと思わず声を上げてしまった。噂に聞く以上の美しさだった。
 お姿は鎌倉国宝館のツィートでどうぞ。夜の堂内で、下から拝むお姿は、写真より何百倍も神秘的だったことを申し添えたい。


 

2) 阿弥陀三尊は夜の光で美しさを増す

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 そして、私は仏殿のご本尊阿弥陀三尊(鎌倉市指定文化財)の大ファンでもある。この阿弥陀三尊様は、昨年、住友文化財団の「文化財よ、永遠に」展にお出ましになったばかりだ。鎌倉らしい宋風の美しさに魅力され、この展覧会に4回も通ったほどだ。お堂におられる阿弥陀三尊様は、冬の夜の照明のもと、美しさを増していた。

3) 常楽寺とは

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 なお、常楽寺(神奈川県鎌倉市大船)は、北条泰時鎌倉幕府三代執権)が義母の供養のため1237年(嘉禎3)に建てた粟船御堂(あわふねみどう)に始まる。この粟船がなまって、大船という地名になったという話もあるそうだ。今の寺名は泰時の法名常楽寺殿」から。蘭渓道隆建長寺の建立される1253年(建長5)まで住んでいたことでも知られる。

 北鎌倉の五山とは少し離れた場所に、こんなに美しいお寺が残るとは! 一言でまとめると、冬の夜のご開帳は感動する。だからこそ、次はお昼にお参りしなければ。文殊祭の本祭もお参りしなければ。

4) 拝観案内

【名称】粟船山常楽寺
【住所】神奈川県鎌倉市大船5-8-29
【交通】大船駅東口交通広場のバス停からバスが頻繁に出ている。常楽寺バス停下車すぐ。大船駅から徒歩でも15分ほど。
文殊菩薩様の拝観可能な日時】文殊祭は宵祭1月24日18時〜/本祭1月25日14時〜。これが公式情報。ただし、2020年1月にお寺にお電話で伺ったところ、文殊堂に上げていただけるのは宵祭の法要か終わる18時30分頃から1時間ほど。また、25日の午前中も入堂拝観できるかも、とのこと。それ以降は転読など本祭の準備などで忙しくなるので難しい。14時以降は入堂できない。入堂できないとお姿を拝むのは難しい。仏像好きな方は入堂可能な時間帯がお勧め。懐中電灯を照らして拝観できるかも。
(あくまで2020年の情報ですので、拝観される前にご確認ください)

【群馬】日輪寺十一面観音立像〜丸山尚一が強い精神性を指摘する鉈彫仏〜

 丸山尚一さんが「像にこもる強い精神性」を指摘する日輪寺(群馬県前橋市)の鉈彫の十一面観音立像。憧れの鉈彫像にお会いした。神奈川県の日向薬師弘明寺の鉈彫仏との相違も含め、感想を書きたい。

1) 丸山尚一さん絶賛の日輪寺 十一面観音立像

日輪寺(群馬県前橋市
十一面観音立像(県指定重要文化財
毎年1月11日にご開帳
10時と14時に先代住職による解説あり
台座を含む総高は154cm 。像高128.5cm 。桂材の一木造
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1-1) 鉈彫仏の規則的な鑿目と不規則な鑿目

 鉈彫とは何か。簡単なようで難しい。素朴な技法のようで奥深い。鉈彫仏といえば、日向薬師秘仏薬師三尊(神奈川県伊勢原市)が好きで、ほぼ毎年ご開帳日に通っている。日向薬師三尊の傑出する点の一つとして、執拗なまでに規則正しく、横向きに鑿の跡を残すことを指摘したい。両脇侍像は、ご尊顔にも横向きの鑿目があり、強烈な印象を与えている。如来と菩薩で粗彫りの残し方が異なるところも興味深い。鉈彫仏の最高傑作だと私は思っている。

 一方、日輪寺の十一面観音立像は、鑿の跡は全身に及ぶものの、非常にランダムに、不規則に刻まれている。同じ鉈彫像であっても、日向薬師とは非常に対照的だ。この違いはなんなのだろうと思っていた。

 日輪寺に行って、すぐに謎は解けた。先代住職の解説によると、鉈彫りの第一期は規則的に鑿の跡を残すのに対し、第二期になると不規則になるのだという。日向薬師や横浜の弘明寺の鉈彫像は第一期で、日輪寺の像は第二期というお話だった。帰宅してから『仏像 一木にこめられた祈り』展(2006年)の図録を引っ張りだしてみると、一期や二期という言葉はないものの、確かに、鉈彫り初期の像は「横方向のノミ目をきれいに整えるなど形式美を意識する像も多い」とあった。

 ふむふむとうなづく一方で、私にはとても難しい話だと感じた。なぜだろう。規則的から不規則的へと進むというのは不思議だ。普通であれば、不規則的にいろいろ試してみて、その中から規則性を確立していくものではないか。日向薬師のような執拗なまだに規則的な鑿目を残す像が、突如として現れるのはなぜだろう。難しい。

1-2) 灯りの照らし方によって違うお顔に

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 先代住職は解説の途中で、お堂の扉を閉めて電気照明を切り、ろうそくの灯りだけで観音様を照らしてくださった。ろうそくを頭の上の方から照らすと、十一面観音様は瞳を閉じた穏やかな表情になった。次に、首の下から上に向かって灯りを当てると、今度は両眼を見開き、強いお顔になった。先代住職は光の当て方によって、定朝様のようにも密教仏のようにも見えるとおっしゃった。灯りを上から照らすのと下から照らすのを繰り返すと、観音様は目を閉じたり開けたりなさっているように見える。こうした仏像の見せ方は京都府京田辺市の寿宝寺の千手観音様以来で、感動してしまう。

2) 弘明寺(神奈川県横浜市)の十一面観音立像との相違

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 日輪寺をお参りした翌々日、その記憶の薄れないうちに、横浜の弘明寺で鉈彫りの十一面観音立像を拝観した。丸山尚一さんが、日輪寺の観音像と似ているようで対照的と書かれていた観音様だ。
 内陣奥でお姿が見えた瞬間、お首を少し左に傾けた感じが日輪寺の観音様とそっくりで、ゾクっとした。その一方で、弘明寺の観音像は鑿目を横向きに規則的に刻み、日輪寺のそれとはかなり異なる
 上の写真は丸山尚一さんの本に掲載された藤森武さんの写真。横目の鑿の跡がよくお分かりいただけるだろう(藤森さんの写真の威力を絶賛したい)(注1)
 思い出すのは、鉈彫像は時代がくだると規則的な鑿目から不規則になるという指摘だ。そうだとすると、日輪寺の観音像は弘明寺の像を思いながら、新しい鉈彫り像を作り上げたのだろうか…。
 どちらのお像からも強い精神性を感じることに変わりはない。鉈彫り像が好きだ!

3) 日向薬師(神奈川県伊勢原市)の鉈彫薬師三尊

 日向薬師の鉈彫仏がとにかく好きで、過去に何度もお参りしている。去年お参りした際、まとめ記事の一部に少しだけ書いたので貼っておく。クリックしスクロールダウンしてご覧いただければ。最後の方に日向薬師の三尊に言及している(お手間取らせて申し訳ありません)。
butsuzodiary.hateblo.jp

4) 鉈彫は東国限定ではないらしいし、思いのほか難しい

 それにしても、鉈彫仏は思いのほか難しい。東国のものと言われていたが、最近では、西日本にも例があると指摘されている。私の拙い経験だけでも、福井や滋賀、愛知にもおられる。研究が進めば、まだまだ出てくるかもしれない。制作時期や地域によって違いはあるのだろうか。興味は尽きない。日本中から鉈彫仏を集めた展覧会が開催されることを願っている。

写真について

・写真1枚目は丸山尚一『地方仏を歩く 第三巻 東北・関東・中部編』NHK出版より
・写真2枚目は筆者撮影。日輪寺境内の看板。
・写真3枚目は丸山尚一著・藤森武写真『十一面観音紀行』平凡社1985年より

注1 なお、弘明寺の観音様はお厨子の中におられるので、この写真のように横向きから拝むことはできない。しかも、照明の関係で、頭上の一番上の化仏も影になってまったく見えない。今回お寺の方のご好意で、化仏を一瞬だけ拝ませていただくことができた。詳しいことは書けないが、頭頂の化仏は確かにおられたので、とても安心した。

【展覧会】出雲と大和展1回目感想(大寺薬師四天王立像と矢田寺十一面観音立像)

出雲と大和展 2018.1.15-3.8(東京国立博物館
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 出雲の某寺で、「うちの仏さん、オリンピックの年に東京に行くよ。もう予約入ってるから」と、大変な情報リークを受けたのが、2017年11月。

 あれから2年あまり。2020年1月15日にようやく展覧会が始まった。その名も「出雲と大和」展。

 さっそく最初の土曜日に行ってきた。これから何度か行くと思うが、まずは、1回目の感想として、大寺薬師の四天王立像と矢田寺の十一面観音立像がどれだけ好きかを書きたい。(※なお、一部の仏像に大きく偏った内容となるので、ご注意いただければ幸いです)

大寺薬師の四天王立像(島根県出雲市

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 2017年に島根県立古代出雲歴史博物館で、県内の平安仏ばかりを集めたとんでもない展覧会(「島根の仏像」展)が開催されたのだが、その際に、この四天王立像も本尊薬師如来坐像とともに出陳された。
 私はこの展覧会を観に行く際、大寺薬師さまをお参りした。展覧会に出陳された5躯以外にも、平安の菩薩立像が4躯もおられると知ったからだ。
 大寺薬師は今は無住となっており、地元の大寺薬師奉讃会が管理する。近くに住む管理者の方に事前にお電話でお願いし、鍵を開けていただいた。「メインの仏像が展覧会に出ているのにわざわざ東京から来てくれるなんて…」と、大変歓待してくださった。お寺や仏像の伝来など、たくさんお話させていただく中で、飛び出したのが「オリンピックイヤーに東京へ」という一言だった。
 帰ってから、しばらく悩んでしまった。ものすごい情報を得てしまった。地元では秘密ではないのだろうが、東京では公式情報が出ていない。つまり、私からSNS等で発信するのは控えるべきだと思った。そうすると、何が起こるか。外に発信できない分、自分の中で妄想が膨らむのである。
 「オリンピックイヤーに東京へ」というテキスト情報と四天王様のかっこいいビジュアル情報のみが私の脳内に残された結果、この四天王様がスポーツで激しく戦っているシーンが繰り返し夢想される事態となってしまったのである! 四天王初のオリンピック選手の登場である。
 脳内オリンピックを何度となく観戦したのち、ついに、「出雲と大和」展で四天王様に再会した。
 やはりとてつもなく躍動感がある! 
 これはオリンピックで大活躍するに違いない!! 
 実際には木彫仏なのであって、動くはずはないのだが、そのお姿を拝む私の頭の中では、すべての四天王様が激しく動き出すのだった。
 夢想する中では、四天王様の持つ戟がアイスホッケーのスティックに見えたこともあった。しかし、しかし…。久しぶりに再会した四天王様はやはり、衆生をお救いになるお姿だった。しかも、四人そろって嬉々として助けに来てくれそうな感じさえした。私はとても安心した。オリンピックに出たら、金メダル間違いないとは思うが…!
 今回の展示会場では、広いスクエアの空間の四隅に一尊ずつを配置した構成も素敵。大勢押しかけても、近くで拝観できる。
 大寺薬師の管理者の方にまたお電話したくなってきた。「四天王さん、東京でもカッコよいですよー」と、電話口で叫びたい私である。出陳ありがとうございます。

矢田寺の十一面観音立像(奈良県大和郡山市

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 大寺薬師の四天王立像とは対照的に、直前まで情報が入ってこなかったのが、矢田寺(金剛山寺)の旧本尊十一面観音様だった。
 矢田寺本堂の大きなお厨子の中、現本尊の地蔵菩薩立像の左隣りにお立ちの観音さま。基本的に毎年6月のみのご開帳である。数年前に地蔵菩薩さまにお会いしにいったのだが、お隣のこの十一面観音に心を奪われてしまった。かわいいのに上品で、上品なのにセクシー。8世紀後半のこの桐の木彫仏には、乾漆像のような瑞々しさと柔らかさがある。
 お寺では、お厨子の中におられるため、全身を拝むのは難しい。かがみ込んで、下から覗き込んだりして、”あやしい人”になってしまう。ところが、この展覧会では、すぐそばから全方向からお姿を拝むことができた。いわゆるサンロクマルである。

 この十一面観音様は「天平」展(1998年奈良国立博物館)にも出展されていた。この図録にも、今回の「出雲と大和」展覧会図録にも、条帛に木屎漆の盛り上げがうんぬんと書いてある。気になる。前から気になっていたが、さらに気になる。条帛部分はすべて木屎漆なのだろうか。目を凝らして観る。胸の下の条帛部分、少し波打ちながら盛り上がっている。細かいヒビも見える。これが木屎漆なのか!? 

 そして、初めて背面を見てびっくり! この焦げたようなあとはなんなのか。背面の条帛は焦げている? 後頭部も焦げてないか?? 暴悪大笑面はお顔の表面が削られていて、表情が伺えない。化仏は後補? 後ろから観るお姿は想定とかなり異なっていて、ドキドキしてしまった。

 矢田寺十一面観音の大ファンの一人として、照明の当て方は少し不満だった。斜め横から照らしてしまうと、のっぺり見える感もぬぐいきれず…。しかし、何時間でもその前にいたいと思える素晴らしい観音様であることに変わりない!! 

 私はこの日、2回に分けて合計2時間、十一面観音様の御前で過ごした。好きすぎるので、またお会いしに行きたい。繰り返しで恐縮だが、かわいいのに上品で、上品なのにセクシー。好きで好きでたまらない観音様なのであります!

写真について

・展覧会ポスターは2019年の年末に都内の駅で撮影。
・大寺薬師の四天王立像の写真は、「仏像 一木にこめられた祈り」展(2006年東京国立博物館)というマニアックな展覧会の図録より。
・矢田寺十一面観音立像の写真は、「天平」展(1998年、奈良国立博物館)の図録に掲載の写真を紙にプリントし、昨年6月に矢田寺本堂前にて撮影したもの。この写真をこうやって常時持ち運び、頻繁に引っ張り出して眺めていた。

【京都】嵯峨薬師寺〜地蔵盆8月24日に一般公開〜

京都市右京区・嵯峨薬師寺
地蔵菩薩半跏像
8月24日10-15時のみ一般公開
15時より法要(檀家のみ)、その後、送り火

 嵯峨薬師寺は京都嵯峨の清凉寺の境内にある。清凉寺のように一般に公開されていないが、地蔵盆の日のみ誰でも入堂して拝観できる。美しい仏像を間近で拝める貴重な機会だ。お参りに来られるお檀家様に配慮しつつ、美仏を堪能した。ありがとうございました。

1) 地蔵菩薩半跏像

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 京都市文化財サイトによると、「13世紀前半の保守的な仏師の手によると推定」される地蔵菩薩半跏像である。美しい!
 小野篁の言い伝えがある。篁は六道珍皇寺の井戸から冥界に行き、嵯峨の井戸から現世に戻ったと伝わる超人である。復路の井戸があった福生寺の本尊がこの地蔵菩薩なのだという。亡者に替わって地獄の業火を受ける地蔵菩薩の姿を篁が刻み安置したと伝わる。明治初めに福生寺は薬師寺と合併。地蔵菩薩像と小野篁像が薬師寺遷座された。f:id:butsuzodiary:20200106063706j:plain
 この地蔵菩薩像とその横の聖徳太子像が市の文化財
 写真左の立像が篁像。六道珍皇寺の篁像よりだいぶ小さいが、衣の袖が上に向いてる感じが似てるように思う。
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 地蔵盆のお供物はかぼちゃの舟に湯葉の帆。梅原猛は「お精霊さんを送る乗り物か」と書いた。事前にお寺に電話し、拝観の開始時間を伺ったところ、「地蔵様のお供えの準備が終わるのが10時過ぎ頃になるかと思うので、それ以降にどうぞ」とのこと。これだけ手がかかるものであれば、致し方ない。手作りのお供えは愛にあふれている。

2) 阿弥陀三尊

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 そして、堂内にまつられる阿弥陀三尊は、舟上弥陀三尊と呼ばれる。雲でなく、波に乗っているような台座が印象的。
 阿弥陀如来さまは精悍なご尊顔。それでいて、規則正しい衣文が上品! 正面左の菩薩像は舟を漕ぐようなお姿。どちらも京都市文化財
 左手の菩薩像は、かつて存在した丈六阿弥陀如来像の飛天光背周辺部に、供養菩薩12躯の一つとして取り付けられていたものとされる。平安後期の光背の残欠として貴重な違例(京都市文化財サイトより)

 このほか、ご本尊薬師如来坐像のほか、嵯峨天皇坐像(京都市文化財)もおられる。
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3) 送り火

 15時にお堂の扉を閉め、お檀家様だけが参加して法要が営まれた。30分ほどで法要は終了。扉が開いて人々は堂の前の広場へ。そこで、送り火が営まれた。祖先をお見送りする意味があるのだろう。参加者が次々に経木を火に投じ、炎と煙でお精霊様をお送りする。
 静かな京都の風習には、とてつもない重みがある。それに比してなんとも小さな自分だろう。小さな私もそっとご先祖様に想いをはせた。
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拝観案内

【寺院名】嵯峨薬師寺
【住所】京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46
【公式サイト】
京都・嵯峨_薬師寺
【公開日時】毎年8月24日の10〜15時のみ

参考資料

京都市文化財サイト
ご参考までスクショを貼っておきます(このサイトから探すのは大変なので)
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※上記スクショを除き、写真はすべて筆者が撮影

付記 嵯峨薬師寺清凉寺の境内にあるので、清凉寺もお参りした。清凉寺式釈迦如来立像(国宝)は毎月8日など、開帳日が決まっているので、今日は開いてないだろうと思いつつ、拝観料を支払って堂内に入ると、なんと、お釈迦様のお厨子が開いていた。お坊さんに伺ったところ、「お檀家様のご都合など、開帳日以外でも、時々開けることはあります」とのこと。この私はスーパーラッキーだった。

【京都】【奈良】8月の地蔵盆に行って仏像を拝む

 夏休みをいただき関西に。
 唐招提寺地蔵堂地蔵菩薩立像が8月23日と24日のみご開帳。京都の智恵光院の六臂地蔵は8月23日17-18時のみ、同じく京都の嵯峨薬師寺は8月24日10-15時のみ、一般の人も拝観できる。いずれも地蔵盆の行事。
 この三つを主軸に、なんとなく計画を立て、よぼよぼしながら、京都と奈良(一部、滋賀)を駆けずり回った。

 地蔵盆は京都や関西では当たり前の行事らしいのだが、北海道生まれ埼玉育ちの私の人生には、これまでまったく縁のないもので、新しい発見の連続だった。というか、異文化体験とでも言うべきか。

 地蔵盆は主に地域や檀家さんの行事。それを探っていくと、文化財となっている仏像の公開も紛れ込んでいるので、それを見つけてお参りした。私が今回お参りした以外にも、そういう隠れたご開帳はたくさんあるのでは。

 京都の六地蔵めぐりは8月22日と23日。冥界と現世を行き来した小野篁さんのスーパースターっぷりに改めて感動する。篁さんを尊敬している。六地蔵は桂と鞍馬を除く4か寺を参拝した。

以下、備忘録。

2019.8.22
MIHO MUSEUM
山科地蔵徳林院(京都六地蔵
源光寺 常盤地蔵(京都六地蔵
仁和寺金堂経蔵・観音堂特別公開
堂本印象美術館 印象所蔵の仏像が初公開

2019.8.23
能化院(宇治市)予約拝観
法界寺(伏見区)国宝の丈六阿弥陀さま
大善寺伏見区)京都六地蔵
一念寺(伏見区) 丈六阿弥陀様を予約拝観
恋塚浄禅寺 鳥羽地蔵(南区)京都六地蔵地蔵盆の日に平安の十一面観音ご開帳)
智恵光院(上京区)六臂地蔵ご開帳(夕方のみご開帳)
元興寺奈良市地蔵盆で夜の曼荼羅堂に地蔵菩薩ツイントップ!
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2019.8.24
奈良国立博物館「法徳寺の仏像ー近代を旅した仏たちー」「いのりの世界の動物」展示
唐招提寺奈良市地蔵堂ご開帳(8/23-24ご開帳)
嵯峨薬師寺京都市右京区)15時まで地蔵盆ご開帳、送り火 (同じ堂内の阿弥陀三尊も美しい)
清涼寺(京都市右京区) 
京都国立博物館「京博寄託の名宝 ─美を守り、美を伝える─」展
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