津久井観音霊場は神奈川県旧津久井郡に43の札所をもつ。前回の中開帳がコロナ禍で途中で中断されてから6年。午年の今年、ついに12年に一度の本開帳が始まった。ご開帳期間は2026年5月10日から5月23日の2週間のみ。初日に13札所を巡礼した。相模川上流域、鎌倉と甲斐のルートにあたるこの地に古い仏像が残る。先の大戦の時は鎌倉の仏像が文化財として疎開した場所である。戦後はダム建設により、移転したお寺もある。とてもドラマティックな地域の歴史に触れつつ、観音様を巡ることができる。
私は初日に13札所を巡礼。2020年の伝説の展覧会「相模川流域のみほとけ」展(神奈川県立歴史博物館)でお会いした尊像のうち、なんと6件(5躯と1組)に再会できた。それ以外にも文化財指定のお像二つを拝むことができた。
この感動を取り急ぎお伝えしたい。
24 浄禅寺(臨済宗建長寺派/旧藤野町)
ご本尊様は像高12.7cmの十一面観音菩薩坐像。室町時代前期、一木造りのなんと法衣垂下像である。この小さな観音さまが、一回り大きな十一面観音菩薩様のお像の胎内に収まる。この鞘仏さまは像高32.1cm、宝永6年(1709)の作。胎内仏さまはお体にお籠もりのままでおられるそうで、心の目で拝んできた。お寺のご本尊が観音霊場の観音様でもある。市指定文化財。なお、浄光寺にも鞘仏の中に室町頃の阿弥陀如来像を収めた例がある。
閻魔王坐像(慶長3年(1598)か)は法量大きめの立派なお像。

14 顕鏡寺(高野山真言宗/旧相模湖町)
脇壇の阿弥陀如来坐像は像高85.4cm、平安後期の作。現状は全身が黒く塗られているが、上品で温和なご尊顔、浅い衣文など、定朝様の特徴を残す。近くにあった末寺の常楽寺が明治初めに廃寺となり、顕鏡寺に移座。「新編相模国風土記稿」の常楽寺の記述にある「本尊阿弥陀」がこの像と考えられる。2020年「相模川流域のみほとけ」展(神奈川歴博)でお会いした時にも見惚れたが、お寺でお会いすると、阿弥陀さまがとてもリラックスされていて、自然で、さらに美しさを増していた。弥陀の定印を結ぶ。人差し指を少し曲げているところが私はたまらない。

15 正覚寺(臨済宗建長寺派/旧相模湖町)
ご本尊の聖観音菩薩立像が津久井観音霊場のご開帳秘仏でもある。像高71.3cm。「相模原流域のみほとけ」に秘仏ながら出展されており、その図録によると、「やや開いた切れ長の目、しっかりとした肉取りの頬、バランスのとれたプロポーション」から、鎌倉時代13-14世紀の作例と記載されている。衣が軽く、若々しいので、素人(私)の印象としては鎌倉でも早い時期かと。構造は耳後ろを通る線で前後に割矧ぎ、内刳りのうえ割首。玉眼。「新編相模国風土記稿」の正覚寺の条には「本尊正観音」とあり、この頃には聖観音として祀られていたことがわかるが、頭髪部に頭上面の跡があることから、元は十一面観音だった。体部に近年の補修があるそうだが、どこだったのだろう。

13 宝珠庵(臨済宗建長寺派/旧相模湖町)
小さな十一面観音菩薩様の立像。お寺の旧境内は現在の津久井湖の湖底にある。十一面観音さまは霊場HPには正覚寺燈楼堂(回向の鐘)内に安置とあるが、実際に訪れてみると、正覚寺本堂内でご開帳されていた。像高は1尺だろうか、小さく、気品に満ちた可愛らしいお姿に胸が熱くなる。正覚寺本堂の前に、15番正覚寺と13番宝珠庵の回向柱が並び立つ。

30 井原寺(曹洞宗/旧津久井町)
鎌倉時代の聖観音菩薩立像が霊場秘仏。境内の小さなお堂に安置。実は毎年1月にもひっそりとご開帳されており、私は数年前にお参りして以来の再訪。お厨子の前まで進み、下からご尊顔を仰ぎみる。

32 光明寺(臨済宗建長寺派/旧津久井町)
大きな本堂の上で小さな観音様がご開帳。
本堂の奥に、光明寺ご本尊の地蔵菩薩坐像。法衣垂下像。像高67.4cm。
鎌倉来迎寺地蔵菩薩像(永徳4年 1384) や埼玉法光寺地蔵菩薩像(至徳3年 1386)と同じ特徴をもつ。いずれも宅磨浄宏の作例と考えられることから、本像も鎌倉で活躍した宅磨派の造像か。法衣の垂下が足りてないのは気になるものの、凛々しく美しいお姿にただ見惚れるしかなかった。

33 来迎寺(臨済宗建長寺派/旧津久井町)
ご本尊聖観音菩薩立像がご開帳秘。500-600年前の制作と見られるとお寺の案内にある。9番観音寺さまの兼務寺。

34 宗安寺(高野山真言宗/旧津久井町)
12年前のご開帳の直前に観音霊場入りし、その際には観音菩薩像の安置が間に合わず、本尊釈迦如来さまを例外的に観音霊場本尊とした。その後、十一面観音菩薩立像を奉安。今回のご開帳では、堂内の正面左脇に安置された十一面観音さまを拝むことができた。経緯はよくわからないのだが、小さな弁財天、大黒天、恵比寿様の三尊を無償でいただいた。当家玄関にありがたくまつらせていただいている。

31 安養寺(高野山真言宗/旧津久井町)
霊場秘仏本尊は千手観音菩薩立像。いろいろな特徴が入り混じった独特のお姿は幾たびかの後補によるのだろうか。
正面左に見覚えのあるお像がおられた。「相模川流域のみほとけ」展で強烈な印象のあった摩利支天騎猪像である。お堂でお会いするとその魅力はさらに爆発! とにかくチャーミングである。安養寺は顕鏡寺の兼務寺で、このお像は普段は顕鏡寺に安置されているのだと伺った。


12 祥泉寺(臨済宗建長寺派/旧津久井町)
ご開帳秘仏は小さな聖観音菩薩坐像。内陣にたくさんの仏像が祀られる。特に、熊野三所権現本地仏である三尊に注目した。中央の大きめのお像が阿弥陀如来立像(像高33.0cm)で、左右に薬師如来立像(27.2cm)および千手観音菩薩立像(30.8cm)をまつる。それぞれ熊野本宮、新宮および那智の本地仏さまで、もとは境内の鎮守熊野神社に安置されていた。室町時代16世紀の作で、市指定文化財。祥泉寺の山号は熊野山なので、もともとは神仏習合の場所だったのだろうか。

09 観音寺(臨済宗建長寺派/旧津久井町)
津久井湖を見下ろす見晴らしのよい高台に観音堂がある。山門(市指定文化財)の横から急な石の階段を登るロケーションと古いお堂が素敵なので、ご開帳の機会に堂内を拝観できることを楽しみにしていた。しかし、今回のご開帳では、観音堂は閉じられていて、下の方にある本堂にご開帳秘仏のみを移してのご開帳となっていた。上まで登るが大変だという配慮からだった。観音堂への階段も危険なので閉鎖。安全第一なので、やむなし。

08 友林寺(臨済宗建長寺派/旧津久井町)
ご開帳秘仏は聖観音菩薩坐像。壇上にさりげなく祀られる聖観音菩薩立像はなんと鉄仏さま。14世紀、鎌倉時代後期から南北朝時代の作と考えられる。像高36.4cm。市指定。

11 長成寺(臨済宗建長寺派/旧津久井町)
お寺のご本尊様である如意輪観音菩薩坐像が津久井観音霊場のご開帳秘仏でもある。なんとこのご本尊さまには胎内仏さまがおられる。このご開帳期間のみ、胎内から取り出され、鞘仏さまのお膝の上でご開帳となる。ご開帳最終日の夕方、法要をお行い、再び胎内に戻されるのだと伺った。

以上、ご開帳期間が短いので、大急ぎでこれを書いた。ブログ「ぶつぞうな日々」史上初、読み返さないまま(5/16土曜の朝8時現在)で公開する。できる限り正しい情報をお伝えしようと努めたが、行き届かない点はもちろん、誤字脱字もあるかと思うので、どうかご容赦のほどお願いします。午年であちこちご開帳があり、どこにお参りしようかお迷いの皆様に届きますように。古仏とお会いし、心で向き合う瞬間の感動がありますように。