ぶつぞうな日々 part III

大好きな仏像への思いを綴ります。知れば知るほど分からないことが増え、ますます仏像に魅了されていきます。

【大阪】千日会でご開帳の観音様を拝む~大阪編1 大林寺(松原市)~

千日詣のご開帳!

 四万六千日をご存知だろうか。その日に観音様をお参りすると、四万六日分お参りしたのと同じご利益があると言われており、特別なご法要や観音様の尊像のご開帳が行われる。東京都内だと主に7月9~10日に行われており、特に、護国寺の夜の法要とご本尊如意輪観音菩薩のご開帳は感動的だ。浅草寺でのほおずき市は毎年ニュースになる夏の風物詩だが、それが四万六千日のお祭りであることを知っている人はどれぐらいいるのだろう。
 四万六千日のお祭りは、東京以外では8月9~10日が多い。夏のせいなのか、夜にご開帳を行う例もみられ、特に、三重県鈴鹿市の林光寺のご開帳は8月9日夜11時から明け1時頃までの限定である。一部の説によると、9日から10日に変わる時間帯が観音様のお力が最も強いのだとか。

 関西では、千日会とか千日詣などと呼ぶことが多いようで、その日にお参りすることのご利益はその名の通り千日分。関東よりだいぶ控えであるのが、いずれにしても観音様の功徳が大きいという点に変わりない。
 そして、仏像ファンが見逃せないのは、関東でも関西でも、この日に一部のお寺で普段非公開の観音菩薩の尊像がご開帳となるという点だ! 
 というわけで、今年は関西に出かけてみた。少し調べてみたところ7月にご開帳を行っているところもあるようだが、やはりメインは8月9日と10日のようだった。大阪府滋賀県のお寺8か寺をお参りしたので、まずは大阪府からご紹介したい。

大林寺(大阪府松原市

 千日会8月9日の8-17時頃に十一面観音立像がご開帳。別日でも予約拝観に対応してくださるそうだが、せっかくなので千日会の日にお参りさせていただいた。

十一面観音菩薩立像

 ヒノキの一木造り。像高171.5cm。平安時代10世紀末から11世紀初めの作と考えられる。大阪府指定文化財

大林寺(大阪府松原市)の木造十一面観音菩薩立像。10世紀末から11世紀初めの奈良系仏師によるものと考えられる。等身大を越える見事なお像

 まずお堂に入ってお像を見上げた時の感動は言葉にできない。「わー、大阪にこんな立派な古像が!? わー、わー、どうしましょう!」となってしまった。
 落ち着いて、松原市教育委員会の解説を読むと、なおのこと感動する。短くまとめると以下の内容が書いてあった。
 本像は明治6年(1873)に廃寺となった永興寺(布忍寺)の本尊だった。平安初期の一木造り像のような豊かな量感がありながら、身体の抑揚は抑えられ、衣文の彫りは浅く規則的で総じて穏やか。大腿部に浅い翻波式衣文と両膝の間も渦巻状の衣文があり、平安初期の彫像の伝統を引き継ぐ一方、直立して動きの少ない落ち着いた造形や量感をあまり強調しない胸や腹、彫りの浅い衣文は、平安初期の彫刻が和様化し後期へ進む過程の中でとらえることができる。特に深い面奥に比して丸い面貌に浅く目鼻立ちを刻む点や、長身で量感をあまり強調しない体躯、古様の渦巻状の衣文を見せる特徴は、10世紀彫刻のなかでも「奈良系仏像」と称される一群と共通する(※以上は松原市教育委員会の解説より←PDFが開きます)。
 なお、お寺のパンフによると、永興寺は堀河天皇の御願により寛治3年(1089)に永興律師により建立。ご本尊十一面観音立像とともに大般若経等も大林寺に移されて、今も伝えられている。永興寺の創建をめぐっては法華経持者の不思議な伝説があるので、簡単に紹介したい。永興律師の弟子の一人が諸国行脚の途中、熊野の山中で亡くなった。その肉体は髑髏になっても、舌だけは朽ちることなく、法華経の読経を続けいてたという。弟子が律師の夢枕に立ち、こう言った。「出家の時、法華経1万部を誦せんと願を起こす。命限りあって望みをはたさず、よって死後も舌、朽ちず誦すること3年、ついに願望成就す、願わくば遺骨を拾って故郷にうつし、一宇の梵舎を建立し給え」と。永興律師が弟子の故郷である河内に金堂を建てて観音菩薩を安じ、堂下に弟子の遺骨を収めたのが永興寺だという。髑髏の舌が読経するこの話は『日本霊異記』や『今昔物語』に書かれるものだという。

阿弥陀如来不動明王

 なお、大林寺は今は融通念仏宗で、本尊は阿弥陀三尊の立像である。阿弥陀如来立像は南北朝時代のもの。来迎のお姿が美しい。本堂にまつられる不動明王坐像は室町時代

融通念仏宗大林寺のご本尊は南北朝阿弥陀如来立像
来迎の阿弥陀三尊
不動明王坐像は室町と伺った


 最後になるが、私は融通念仏宗に敬意の念を抱いている。融通念仏宗のお寺をお参りするたび、総本山大念仏寺で5月に開催される二十五菩薩のお練供養、万部おねりの話をしてしまう。今回も、万部おねりがなぜ好きなのかという話を早口でまくし立ててしまった。お寺様は優しく耳を傾けてくださった。ご回在などについて当方の質問に答えてくださった。ちょっとした裏話を教えていただき、二十五菩薩のクリアファイルもいただいてしまった。ファンとして認定された証だと勝手に解釈している。

【拝観案内】

布忍山大林寺
融通念仏宗第五番 大林寺 河内西国霊場会
住所 〒580-0025 大阪府松原市北新町1-10-5 地図https://goo.gl/maps/aBPGC95tc7tiBQsY7
電話 0723-31-0718

【参考資料】

1) 松原市文化財サイト:松原市指定有形文化財 大林寺 木造十一面観音立像/松原市
2) 四万六千日と千日詣の定義は地域や寺によって微妙に変わるようで、冒頭の私の説明はいくつかお寺を巡った経験からのざっくりした感覚にすぎない。一方、コトバンクには次のような説明があるが、日本全国を網羅した説明とはなっておらず、満足のいく説明だとは思えない。どこかに定義づける論文はないのだろうか!?
四万六千日とは - コトバンク
千日参りとは - コトバンク
3) 「お練供養? 万部おねり?」と思われた方はぜひ、こちらを流し読みください。
butsuzodiary.hateblo.jp