ぶつぞうな日々 part III

大好きな仏像への思いを綴ります。知れば知るほど分からないことが増え、ますます仏像に魅了されていきます。

【来迎会】大念仏寺の万部おねり~きらびやかでおごそかな阿弥陀信仰の形~

f:id:butsuzodiary:20200518065210p:plain

 大阪市平野の大念仏寺は融通念仏宗大本山。毎年5月1日から5日にかけて、練供養が営まれている。厳密にいうと、単なる練供養ではない。二十五菩薩の練供養と阿弥陀経一万部の読誦が組み合わさった一大イベントで、「万部(まんぶ)おねり」と呼ばれている。二十五菩薩の練供養は、菩薩様たちが美しく、とてもきらびやか。ここでは、大念仏寺・万部おねりの魅力に迫りたい。

1 万部おねりとは

 平安時代、人々の間に極楽浄土に往生したいという願望が広まり、来迎図が盛んに描かれるようになる。その欲求はさらに高まって、菩薩の面や衣装を身に着け、往生の様子を実際に演じるところまで発展した。いわゆる、聖衆来迎会である。大念仏寺における来迎会は、第七世法明(ほうみょう)上人(1279~1349年)が、その最晩年にあたる貞和5年(1349)の春、當麻寺の練供養を模して、菩薩の面と衣装をしつらえ、自ら行者となって来迎の儀式を執り行ったことに始まる。
 さらに、江戸時代に入り、明和6年(1769)、第四十九世尭海(ぎょうかい)上人のとき、阿弥陀経を一万部読誦して、檀信徒と有縁無縁諸霊の追善も行うようになった。万部会(まんぶえ)である。
 この聖衆来迎会と万部会という二つの法会が合体したものが「万部おねり」である。今日まで続く大念仏寺独自のスタイルであり、正式には阿弥陀経万部読誦・二十五菩薩聖衆来迎会」という。現在、大阪市の無形民俗文化財に指定。
 来迎の練供養は他のお寺でも行われているが、二十五菩薩聖衆来迎会と阿弥陀経万部会を融合した大々的なイベントは大念仏寺だけだろう。しかも、練供養は年に一度、一日のみの開催であることがほとんどなのに対し、大念仏寺の万部おねりは毎年5月1日から5日までの5日間、毎日厳修される。練供養の常識を覆す、破格の一大イベントなのである。

2 大念仏寺「万部おねり」の流れ

 それでは、万部おねりの流れをもっと詳しくみていこう。
 万部おねりは「入御(にゅうぎょ)」「本堂内法要」「還御(かんぎょ)」の三つで構成される。

2-1) 入御(にゅうぎょ)

 万部おねりでは、大念仏寺の大きな本堂の右手奥から正面にかけて、来迎橋がかけられる。「入御」とは、この来迎橋を二十五菩薩などが渡って本堂へ練り込むことで、「練り込み」とも呼ばれる。「苦しみと悩みに満ちた娑婆世界から仏の知恵かがやく喜びと感謝に満ちた幸せの世界へと至る儀式」(大念仏寺リーフレットより)である。
 まずは稚児行列、踊躍歓喜(ゆやくかんぎ)の念仏、詠讃歌舞(えいさんかぶ)などが橋を渡られ、本堂に入る。この中で、私が特に好きなのが、小さな鐘を手に「融通念仏なみあみだー」と歌うように称えながら橋を渡る男性陣である。禅門講の方々なのだそうだ。こういうのは他の来迎会では見かけない。
www.instagram.com

 これら渡御の先払いを経て、雅楽に先導されて登場するのが二十五菩薩である。
 大念仏寺の二十五菩薩の特徴は何と言っても、そのお姿がエレガントであること。厳かな金色のお面に大きな宝冠。優雅できらびやか衣装。そして、特筆すべきは、背中から足元までに伸びる、長い黒髪である。最初に見たときは驚いた。さらに、菩薩様はみなさん背が高く、一部を除いて細身の方が多い。しかも、二十五菩薩様お一人お一人が登場されるたびに、会場アナウンスで、「続いてのお出ましは〇〇菩薩さまです!」と紹介される。まるでファッションショーのモデルさんのようだ。私は思う。こうした徹底した美意識が極楽浄土を具現化するのだと。極楽浄土からお出ましの菩薩様たちは美しくあってほしい。

f:id:butsuzodiary:20200523191647j:plain
青空のもと橋を渡って堂内に向かう菩薩さま
 融通念仏宗の某寺で伺ったところ、お練供養で菩薩様になられるのは宗内の僧侶の方々なのだそうだ。他のお寺では、講員や檀家様、一般の方々がお面を被るのが一般的であることを考えると、融通念仏宗の力の入れようがわかる。しかも、重要な役どころである観音菩薩様と勢至菩薩様については、本山の許可がいるのだそうだ。極楽浄土を本気で再現しようとされているのだ。だからこそ、美しいだけなく、厳かさも同時に感じるのだろう。
 二十五菩薩様すべてが渡御されると、続いて、ご本尊である十一尊天得如来様、法主猊下、法要出仕僧などが順に渡御される。十一尊天得如来様は融通念仏宗のご本尊様で、阿弥陀如来と十菩薩を描いた仏画である。これを入れた細長い箱を僧侶らが抱え、来迎橋を渡って、堂内に入る。十一尊天得如来は本堂の内陣に安置される。
f:id:butsuzodiary:20200523191750j:plain
屈みこむ僧侶が床をたたき、菩薩様を誘導する。菩薩面を被ると視界は限られる

2-2) 本堂内法要

2-2-1) 菩薩伝供(ぼさつでんぐ)

www.instagram.com

 菩薩さまたちが来迎橋を渡って堂内に入られると、仏徳を讃える声明の流れるなか、菩薩様らによる「伝供(でんぐ)」が始まる。伝供とは、堂内に入られた菩薩様たちが供物(お花)を次々に手渡しして、仏前にお供えするものである。供物は最初、本堂正面の入り口に置かれている。このそばにおられる菩薩様がお花を持ち、楚々とした歩みで堂内に進まれる。そして、堂内の少し奥で待っていた別の菩薩様にお花を手渡しする。この動きがなんとも上品でエレガントなのである。菩薩様たちはいくつかのグループに分かれて移動されるので、まるでフォーメーションダンスのように見えてしまう。
 菩薩様によるファッションショーの次は、フォーメーションダンスが始まるのだ。最初に観たときは本当に驚いた。素晴らしい。万部おねりならではの感動である。見物客のなかには、菩薩様による来迎橋の渡御が終わると帰ってしまう人も多い。しかし、ぜひとも、そこで帰らず、本堂内で行われる伝供を観てほしい。他のお寺のお練供養では見られない、大念仏寺独特のものなのだから。

2-2-2) 法要

www.instagram.com

 伝供が終わると、菩薩様はお堂の奥に入られ、いったん退席される。ここからが法要の始まりだ。内陣エリアでたくさんの僧侶による阿弥陀経の読誦が始まる。阿弥陀経による先祖諸霊追善回向に加えて、世界平和、万民快楽、交通安全等の祈願を行うのだそうだ。
 私はお経に詳しいわけではなく、何を読んでおられるのか正直わからない。しかし、大念仏寺の大きな本堂にあまねく響き渡るお経を聞いてると、多幸感に包まれる。美しく荘厳された堂内を見上げると、読誦された音の一つ一つが天井に向かって舞い上がっていくようだ。法要は宗教的な意味のある儀式ではあるが、私はむしろその美しさに感じ入る。
 また、僧侶の皆さまによる読経の合間に、お子さんによる迦陵頻伽の舞もあった。毎日行われているかどうかは不明だが、私がこれまで訪れた3回いずれも迦陵頻伽ちゃんは登場した。これがもう可愛くてしかたない。過去の動画を何度見たことか。演じられるのは檀家さんのお子さんなのだろうか。よく練習してえらい。ご両親がビデオを撮られているのもほほえましい。

2-2-3) 還御(かんぎょ)

f:id:butsuzodiary:20200523192945j:plain

読経が終わると、堂内の奥から再び菩薩様がお一人ずつ登場。堂外の橋を渡り、お帰りになる

 さて、長い法要が終わると、本堂の奥から再び菩薩さまや僧衆が一人一人順番に登場し、また来迎橋を渡って帰っていかれる。これが「還御」である。俗に「練りかえし」とも呼ばれる。これは、「極楽にたどり着いた者は再び娑婆世界へ帰り来て、苦界に沈む人々を救済しなければならない」という教えに基づいて行われるものである。

 入御から還御まで、すべてが終わるまで3時間弱。菩薩さまの優雅な動きも、堂内の天井に昇るように響いていく読経も、美しい。夢のような時間を過ごせる。
www.instagram.com
(↑観音菩薩様は腰をかがめて蓮台を掲げ、歩まれる。堂内の奥から、勢至菩薩様が合掌して登場。あまりに恐れ多くて手が震え、一瞬でカメラをオフにしてしまった結果がこの一瞬の動画)

3 改元記念で地蔵菩薩さまがお出ましに

f:id:butsuzodiary:20200524101651j:plain
改元記念で特別に登場された地蔵菩薩様!

 2019年の万部おねりの初日である5月1日は、偶然にも、令和元年の最初の日。今年の初日には、改元を記念して特別に地蔵菩薩さまもお渡りされたそうだ。地蔵菩薩さまはご遠忌や改元など、よっぽどのときしか登場なさらない。
 私はその情報を事前に得ておらず、初日が雨天だったため、翌日の5月2日の万部おねりをお参りしてしまった。地蔵菩薩様は初日の1回のみと決まっているそうで、2日目以降は地蔵菩薩さまはお渡りされない。
 ところが、5月2日の練供養が終わって、人々が去り始めた頃、突如として地蔵菩薩様が橋を渡って来られるではないか。あとで伺ったのだが、1日が雨天だったため、写真撮影のためだけにお出ましになったのだそうだ。登場されて立ち去られるまで、わずか数分間。白いお顔の地蔵菩薩様は、ぱしゃぱしゃと何枚か写真撮影に応じたあと、風のようにさわやかに去っていかれた。ファンとのツーショット撮影などは望むべくもなかった。
 とはいえ、偶然にも地蔵菩薩さまを拝見してできるとは、なんとも幸運だった。

4 當麻寺との違いと融通念仏宗らしさ

 お練供養といえば、奈良の當麻寺。當麻の練供養をご存知の方であれば、「あれ、中将姫さまがおられないじゃない」と思うのではないだろうか。當麻寺では、中将姫さまのお像が橋を渡られる。まさに、練供養の主役なのだが、大念仏寺の練供養では、中将姫さまはお出ましにならない。
 中将姫の代わりというわけではないが、大念仏寺では、融通念仏宗のご本尊十一尊天得如来様が渡御される。これは彫刻ではなく、仏画である。黄色の布で包まれた細長い箱に収められている。来迎橋を渡って、本堂に運ばれ、法要の間は内陣中央に鎮座される。法要が終わると、十一尊天得如来様も菩薩様とともに橋を渡って帰られる。
 融通念仏宗ではご回在といって、十一尊天得如来様が檀家を回られる制度がある。大阪地区では毎年3月から7月、奈良では9月から12月にかけて、ご本尊様が各家を訪問されるのである。普通、仏像や仏画としてのご本尊様はお寺の外を出歩かれることはない。それがおうちまでおいでくださるというのだから、うらやましく思える。檀信徒の皆様にとっては、練供養においてご本尊様が渡御されるのは、当然のことなのかもしれない。来迎の練供養といっても、お寺によって特徴があり、どれも魅了される。

5 被仏の阿弥陀如来

f:id:butsuzodiary:20200524103038j:plain
大念仏寺に現存する被仏さま。写真は展覧会「極楽へのいざないー練り供養をめぐる美術ー」(2013年)図録より。關信子先生の解説もぜひお読みください!

 大念仏寺の練供養では、かつて、木彫の阿弥陀如来像の中に人が入って菩薩様たちを出迎えるという演出がなされた時期もあった。迎講阿弥陀如来、いわゆる、被仏である。
 この被仏様は今でこそ使われていないものの、そのお姿は大念仏寺の宝物館で拝むことができる。万部おねりの日、宝物館は開いている(無料)ので、ぜひ拝観されたい(宝物館は4時に閉まってしまうので、ご注意を)。ガラス越しながら間近で拝める。とても大ぶりで、中に人が入ることを意図したお像だとわかる。
 被仏様が今も現役で登場されるのは弘法寺岡山県瀬戸内市)のみ。かつて使われていた証である阿弥陀如来像が残るのは、當麻寺本堂(奈良県葛城市)、米山寺(広島県三原市)、美作誕生寺(岡山県久米南町)と、ここ大念仏寺だけのようである。
 このほか、宝物館には、亀鉦などの寺宝も展示されている。亀鉦の話もおもしろいのだが、長くなるのでまた別の機会に。

6 参考資料

〇『月間大和路ならら 融通念仏宗のすべて』(2015年4月号)
〇大念仏寺「万部おねり」リーフレット
f:id:butsuzodiary:20200419224340j:plain
f:id:butsuzodiary:20200419224436j:plain
〇冊子『融通念仏宗 第十一教区強化活動』(平成27年11月)※奈良の某寺でお分けいただいた一冊がとても勉強になった。ありがとうございます。

7 参拝案内

融通念仏宗総本山 大念仏寺
大阪市平野区平野上町1-7-26 TEL 06-6791-0026 / FAX 06-6793-3050
午前9時30分から午後4時30分まで(午後5時閉門)
JR大和路線「平野」駅より 南へ徒歩5分
または 大阪メトロ谷町線「平野」駅 ①②出口より 北へ徒歩8分