ぶつぞうな日々 part III

大好きな仏像への思いを綴ります。知れば知るほど分からないことが増え、ますます仏像に魅了されていきます。

【多摩の仏像】大塚の御手観音と都文化財の十一面観音(八王子市・清鏡寺)

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大塚御手観音(八王子市・清鏡寺さま)



 2011年の武相観音ご開帳のとき以来、二度目のお参りをしてきた。今回は副住職さまにご案内いただき、大きな金庫に安置された貴重な観音さまを拝観させていただいた。
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ご本尊千手観音さま


 ご本尊の千手観音さまには、びっくりな伝説がある。長寛2年(1164年)、播州赤穂高藤守藤原阿尊が関東巡礼のおり、夢枕に観音さまが立ち、手を一つ差し出して、「この手を持って鎌倉の仏師を訪ね、私の身体を作ってほしい」と告げられたのだそう。作者は不明だが、卯年卯月16日に観音さまができあがり、山頂にお堂を建立して奉安したと伝わる。それ以来、「御手観音」さまと呼ばれ、あつく信仰されてきた。
 「手を一つ差し出して…」と最初に聞いたときは恐ろしさを感じたのだが、実際にお参りすると、お寺の長閑な雰囲気にそんな気持ちは一気に吹き飛んでしまう。特に、私が2011年に最初に訪れたときは、ご開帳記念でカラオケ大会が始まろとするときで、その温かさに心が和んだことを覚えている。御手観音さまを中心に老若男女が集うさまは、恐ろしさとは程遠かった。

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(↑前回お参りしたのは、2011年4月16日、武相観音の卯年ご開帳のときでした。なんと、観音さまが完成した記念日である卯年卯月16日にお参りしてたのでした! ちなみにこのポスターはAndroid v1で撮影…。時の流れを感じます)

 さて、そんな伝承とは裏腹に、現在お寺に残るご本尊さまは、江戸中期のお像である。とても精巧な真数千手の観音坐像だ。
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 実際には腕は1000本はなく、980本程度だと伺った。いずれにしても、千手の付き方は実に見事で、江戸仏らしい技巧を感じる。勝手な想像ではあるが、江戸期に観音像を再建する際、「御手観音」の名にふさわしいお姿に仕上げようと仏師が意気込んだのではないだろうか。
 脇仏は不動明王立像と毘沙門天立像で、天台様式である。大塚御手観音堂は現在は清鏡寺の所属だが、元々は村人が管理するお堂に伝えられたそうだ。清鏡寺は現在は曹洞宗寺院だが、かつてはこの地に密教の信仰があったのだろう。

十一面観音立像


 都の文化財に指定される十一面観音さまは、明治初期に廃寺になった近くのお寺(八王子市松木の教福寺)から難を逃れた客仏。像高91.5センチ。寄木造り。
 鎌倉初期、運慶または安阿弥の作とされているが、私の素人目には平安後期の特徴を示しているように思えた…。つり上がった両目と穏やかな衣紋が特徴的で、慶派より静かなその佇まいに私はむしろ惹かれた。
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 階段下の石仏群は十一面観音さまと一緒に教福寺から移ってきたと伺った。腕のよい仏師によるものと見えた。
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不動明王さまの謎



 古文書によると、昔、この地に疫病が流行った際、ある修験者が「私の亡骸と共に不動明王をまつってほしい。そうすれば疫病は去る」と言い残して息絶えたそうだ。修験者の遺言通りにしたところ、実際に疫病が収まったそうだ。
 副住職さまによると、近年になって大塚観音堂の裏手の山を工事した際、なんと本当に不動明王像が見つかったそうだ。なんだか胸がきゅーんとなった。昔話を見くびってはならない。

 

拝観案内

 

塩釜山清鏡寺(曹洞宗
192-0352 東京都八王子市大塚378
多摩モノレール大塚・帝京大学駅より徒歩10分

拝観は要予約。正月三が日のほか、毎月16日にも開扉されているそうだが、いずれにしても事前に電話で確認されることをお勧めしたい。

※まるきょうさんがもっとかっこよい写真でブログにまとめておられますので、ぜひお読みください! オススメです!

真数千手観音その12 多摩の清鏡寺 - 和顔愛語 古寺と古仏を訪ねて