繖山 桑実寺(きぬがさやま くわのみでら)(滋賀県近江八幡市安土町)
ご本尊薬師如来ご開帳
2022/4/8-5/10春季 11/1-11/30秋季
桑実寺薬師如来様ご開帳
12年に一度のご開帳の薬師如来様にお会いするため、沢沿いの急な石の階段をのぼる。山門までまあそこそこの石段があり、そのあとさらに果てしなく石段が続く。息を切らし石段をのぼりきると、重文の本堂が姿を現す。
堂内に入ると、須弥壇中央のお厨子が開いており、秘仏の薬師如来坐像が鎮座されていた。お前立の薬師如来坐像もおられ、その両脇に小さな十二神将が左右一列にお並びだった。桑実寺縁起絵巻のレプリカも展示。
広い堂内に座り、外の朗らかな空気を感じながら、内陣を見上げる。お香がゆらゆらと上るその向こうに秘仏薬師如来様は座っておられた。他に参拝者はほとんどいない。静かな時間が過ぎていった。
秘仏薬師如来坐像は文化財未指定のようで、制作年代は調べたがわからなかった。肉髻部分に螺髪がないように見えるのが気になった。もともとこういう特殊な形なのか、それとも、いつしか螺髪が抜けてしまったのか…?
桑実寺縁起絵巻
ご開帳の後はよろよろと石段を下り、安土城考古博物館へ。「桑実寺縁起絵巻」原画(土佐光茂 室町時代 重文)が展示中だった。
天智天皇の皇女が疫病にかかり、琵琶湖に光が放たれる夢をみる。天智天皇がお堂を建て法会を修すると、薬師如来が出現する、というストーリーである。二巻からなる桑実寺縁起の概略は次のとおり。
桑の木の実の一つが桑実山(繖山)になった。さらに時は流れ、大津に都のあった天智天皇の時代、都に疫病が流行し、皇女の阿閇皇女(あべのひみこ)も病に倒れてしまう。皇女は琵琶湖が瑠璃色に光る夢をみる。それを聞いた天智天皇は、琵琶湖の底の竜宮城にいる生身の薬師如来が疫病を調伏する瑞夢だとして、法要を修する。すると、本当に薬師如来が湖上に影向し、その光で皇女や人々の病を治してしまう。薬師如来は帝釈天の化身である白水牛に乗って湖上をわたり、岸辺で梵天の化身である岩駒に乗り換え、桑実山に飛び移った。次の天武天皇がお堂を建てて薬師如来を安置した。
「桑実寺縁起絵巻」は六角定頼を頼って桑実寺に身を寄せた足利義晴が天文元年(1532)、発願・制作した。絵は土佐光茂(とさみつもち)、詞書は後奈良天皇、青蓮院宮尊鎮法親王(しょうれんいんのみやそんちんほっしんのう)、三条西実隆(さんじょうにしさねたか)。
会期中3回展示替えがあり、私が訪れた第1期には、下巻第一段の薬師如来が琵琶湖を渡る壮大なシーンが展示されていた。薬師如来は湖上では水牛(帝釈天の化身)に乗り、湖岸に着いてからは岩駒(梵天の化身)に乗って繖山へ移動する。この薬師如来のスピーディーな移動シーンもさることながら、繖山の麓の田園風景が美しかった。博物館を出ると、絵巻に描かれたのと同じ場所で田植えの準備が行われていた。変わらないことの強さを感じる。
最後に、ディズニープリンセス好きとしてあえて追記したいのは、薬師如来様が乗られる岩駒、つまり、お馬さんが白馬にしか見えないこと。白馬の王子様がまさかの薬師如来様だったとは。
※桑実寺縁起絵巻の公開は以下の特別展にて
安土城考古博物館
「戦国時代の近江・京都―六角氏だってすごかった!!―」
2022年4月23日~6月5日
※参考資料
滋賀文化財教室シリーズ〔227〕「桑実寺縁起絵巻」滋賀県立近代美術館 主任学芸員 國賀由美子(こちらからPDFで読めます→
http://www.shiga-bunkazai.jp/download/kyoshitsu/k227.pdf)
※桑実寺縁起絵巻の上記の写真は以下のサイトよりお借りしました
土佐派と住吉派 - 福高寿禄会