ぶつぞうな日々 part III

大好きな仏像への思いを綴ります。知れば知るほど分からないことが増え、ますます仏像に魅了されていきます。

【展覧会】【奈良】大安寺のすべてが最高!!

「大安寺のすべて」展
奈良国立博物館
前期 2022.4.23-5.22 後期 2022.5.24-6/19

大安寺のすべて展 右から楊柳観音聖観音不空羂索観音

大安寺はTemple of Great Peace!

 大安寺(奈良市)は奈良時代の木彫仏の宝庫で、行くたびに長居をしてしまう。その仏像群を360拝観できてしまう「大安寺のすべて」展が奈良国立博物館で開催中。

 大安寺で一番有名な仏像は憤怒相の楊柳観音立像だろう。このお像はアメリカの同時多発テロの翌年、2003年、イラク戦争開始直後にニューヨークのジャパンソサエティで展示されたことがある。当時の住職は戦争反対のお立場から出陳を躊躇したが、最終的に以下の文章を添えて楊柳観音様を送り出したのだそうだ。

 「この仏像の憤怒の表情は、大義がいかなるものであれ、愚かしい戦争を怒るものである。その悲劇を憤り、嘆くものである。仏の怒りと悲しみをあえてお伝えするべく、開陳を認めた。大安寺住職 河野良文」(西山厚『仏教発見!』より)

 19年経った今、ウクライナのニュースが毎日伝えられる中で、大安寺展が開催される。複雑な思いを抱きつつ、会場に向かった。展覧会タイトルにふと目をやると、大安寺の英語訳が Temple of Great Peace となっていた。なるほど、大安寺はその名の通り、平和を祈る寺なのだ。

第一会場 大安寺の木彫仏が勢ぞろい!

 大安寺の収蔵庫の木彫仏がすべてお出まし。楊柳観音立像、不空羂索観音聖観音立像、四天王立像の7躯(すべて重文)である。いずれも奈良時代の特徴を有しながらも、それぞれ個性的で、いくら見つめても飽きることがない。木の力強さと、そこに緻密に彫り出された装飾の華麗さ。楊柳観音は今日も怒っておられたし、不空羂索観音は今日もにこやかに笑っておられ、聖観音は何かを話しかけてきそうだった(つまり、大好き)。
 特に私のごひいきは不空羂索観音立像。展示解説によると、8本の腕は後補で、額に三番目の眼がなく、鹿皮(ろくひ)を身に着けないことから、必ずしも不空羂索観音とは限らない。木彫像ではあるが、穏やかな表情や柔らかな衣の襞の表現は乾漆像に通ずるという。天平の乾漆像が好きなので、こういう解説を読むと興奮してしまう。
 聖観音菩薩立像は威厳のあるご尊顔に、肩の張った体つき、装飾性に富んだ胸飾りの意匠が特徴。唐招提寺の木彫群と共通するものだという。
 大安寺収蔵庫の四天王像は作風の違いから造立当初の組み合わせのものとは考えられないという。しかし、それがなんだ、四人おそろいでかっこいいし、絶対に四人仲良しだと私は信じている。特に、かっこいいのは多聞天

 大安寺には奈良時代の木彫仏がこれ以外にも2躯おられる。本堂のご本尊十一面観音立像と嗎堂の馬頭観音立像である(いずれも重文)。それぞれ毎年11月と3月にのみ公開される秘仏である。
 本展では、十一面観音立像が前期展示となっており、お寺とは異なり、明るい照明のもと360度から拝観できた。胸から下の体部の見事な彫刻表現を間近で拝見すると、胸の装飾など、収蔵庫の諸像と共通する特徴があることがわかった。頭部が後補のため、お寺で拝観した時は違和感があったが、大安寺展でよく拝観すると、収蔵庫の諸像と同じ頃に遡る古像であることが実感できた。そして、今回気づいたのだが、台座も見事であった。
 後期には、本堂の十一面観音と交代で、嘶堂の馬頭観音がお出まし予定。そして、普段3月のみ公開のこの馬頭観音は現在、特別にお寺で公開中とのことである。後期に行けそうにない人は早めに大安寺で拝観するのがよいだろう!

大安寺ご本尊十一面観音立像
大安寺嗎堂 馬頭観音立像

第二会場 行教律師像と最後の四天王像二組に大興奮!

行教律師坐像(神応寺/重文)

行教律師坐像(京都府八幡市・神應寺)

 私のお勧めは、石清水八幡宮を勧請した大安寺の僧、行教律師坐像。八幡神像だったという説もある、迫力のお姿である。
 普段は、京都府八幡市、男山の麓の神應寺に安置されている。石清水八幡宮の開山堂から明治初めに遷された。頭に烏帽子を付けて破壊を免れたという話も。
 神應寺では、本尊薬師如来の脇に客仏のような形でまつられており、お像まで少し距離がある。しかし、展覧会ではガラスケースなしで、間近で拝めた。間近で拝見すると、お寺で感じた以上にイキッテルお像だった! 大きな目や鼻や口。少し傾げた首。膝の辺りの衣文は釘で引っ掻いたような表現。背中は後方に倒れ気味。迫力半端ない! 箱根の万巻上人と双璧と言ってしまおう! 

宝誌和尚像(京都・西往寺/重文)

 お顔が真ん中から裂けて、その中から十一面観音が現れる、特異なお姿の一木像。伊豆河津の南禅寺伝来と解説に明記されていたのが印象的だった。

虚空蔵菩薩坐像(奈良・北僧坊/重文)

 大和郡山の矢田寺の塔頭北僧坊の虚空蔵菩薩坐像は9世紀の木彫像。前にどこかでお会いしているかもしれないが、今回は特に印象に残った。額安寺旧蔵で現在文化庁所有の8世紀の虚空蔵菩薩坐像(重文)や細見美術館の板絵着色の虚空蔵菩薩(重文 前期展示のみ)とともに展示されているので、比べてみるのも楽しい。

四天王像(大分・永興寺と香川・鷲峰寺/いずれも重文)

 今回初めて知ったのだが、興福寺北円堂(5/8まで公開中)の四天王は大安寺旧蔵で、それを模刻した像がいくつか存在するそうだ。その例として、大分県日田市・永興寺と香川県・鷲峰寺から四天王像が出陳。折しも興福寺北円堂が公開中だったので、本家の四天王像をじっくりと拝見してから大安寺展に向かった。すると確かに真似っこしているのがよくわかった! 本家の四天王像一組と模刻の四天王像二組を見比べるという贅沢。特に、両腕をクロスさせた持国天像に惹かれたことを書き残しておきたい。
永興寺(大分県日田市)の四天王像 鎌倉時代、元享2年(1322)、南都仏師、康俊、康成、俊慶の作。持国天の腕のポーズの真似かたがかわいらしくて、つい微笑んでしまう私がいた。
鷲峰寺(香川県)の四天王像 鎌倉時代14世紀の作。北円堂の像より細身で、身体の動きは抑制されている。しかし、髪型や甲の形、邪鬼までよく似せており、愛らしく感じてしまった。

興福寺北円堂の四天王(北円堂拝観時に配布される資料です)

 なお、この興福寺北円堂の四天王像は791年の作。大安寺に伝来したが、1285年に経玄が興福寺勧学院を創建する際にこの四天王像を修復し、文殊菩薩騎獅像及び侍者立像(康円作で、現在東京国立博物館所蔵)とともにまつった。この四天王像は出陳されていないが、写真パネルが展示されているので、模刻像との比較に役立つ。ただ、北円堂は5/8まで公開中なので、せっかくなら北円堂で四天王像を目に焼き付けてから、大安寺展に向かうのがよいだろう。

【大安寺さんが好きすぎて、過去にこんなことも書いてました】

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