ぶつぞうな日々 part III

大好きな仏像への思いを綴ります。知れば知るほど分からないことが増え、ますます仏像に魅了されていきます。

【栃木】鹿沼まるごと博物館「とちぎの宝 医王寺の至宝」~市が主催して寺で開催する画期的な展覧会~


鹿沼まるごと博物館第6回企画展「とちぎの宝 医王寺の至宝」
会場 東高野山 医王寺
会期 2020年10月31日~11月8日
観覧料 500円(中学生以下無料)
主催 鹿沼市鹿沼市教育委員会・とぎの宝医王寺展実行委員会

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医王寺の至宝展チラシ表
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医王寺の至宝展チラシ裏

1) 市が主催して寺で開催する画期的な展覧会

 「鹿沼まるごと博物館」とは、「市域全体を博物館として捉え、中央館を中心に各地の地域資源をネットワーク化し、様々な分野で活用を図ることで、地域の教育・文化の向上などに活かしていくもの」(市のサイトより)。
 仏像ファンの間でよく話題になるのは、「仏像は展覧会だと明るい照明で間近で拝める。でも、信仰の対象なのだから、お寺で拝むのが一番」というジレンマだ。それを難なく克服したのが、今回の医王寺の「まるごと博物館」なのではないだろうか。
 医王寺は山門、金堂、唐門、講堂と縦長にのびる境内を歩くだけでも神聖な気持ちになる。鎌倉時代の仁王さんにご挨拶したあと、金堂に入ると、たくさんの仏像にお会いできる。どのお像にも間近でお会いできる。ガラスケースもない。
 今回の「鹿沼まるごと博物館 医王寺の至宝」展では、金堂が第一会場、講堂が第二会場と呼ばれている。第一会場の入り口でチケット(500円)を購入すると、詳細な作品解説とカラー写真が掲載された冊子(全14ページ)がもらえる。この冊子を読み込みながら、間近で仏像を拝観できるのだ。お寺なので、躊躇なく合掌もできる。まずは仏様に手を合わせる。そして、冊子の解説を読みながら、お姿を鑑賞できる。なんと幸せなことだろう。前述の仏像ファンのジレンマを解消する手段として、画期的だと思う。

2) 金堂の薬師三尊~月光菩薩様に心奪われる~

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写真は当日配布の冊子より

薬師如来及び両脇侍像 薬師如来 83.0com 左脇侍107.8cm 右脇侍110.1cm 鎌倉時代13世紀 県指定文化財

 仏像の多くは第一会場である金堂に集められている。実は目当ての平安仏があって出かけたのだが、最も心を奪われたのは、金堂の内陣の宮殿にまつられた薬師三尊だった。こちらの月光菩薩に心を奪われてしまった。
 金堂本尊であるこの薬師三尊は、江戸時代には、金堂宮殿の薬師如来(現在の講堂本尊で、60年に一度の秘仏。県指定文化財)のお前立として、宮殿前に安置されていたという。これほどの鎌倉仏がお前立だったとは。
 特に、月光菩薩は身体を斜めに傾け、衆生を見下ろす感じがたまらない。宮殿厨子内の高い位置におられる薬師三尊の真下に屈むと、薬師如来月光菩薩と目が合うポイントがあるので、ぜひ現地で体感してほしい。
 十二神将は後補の塗装をはがす保存修理が行われたそうで、ビフォーアフターの写真が掲示されていた。奈良・室生寺十二神将像に似たポーズのものがあるそうだ。室生寺像よりは小さめだし、動きもかたい感じがしたが、それでも十二体そろって堂内に並ぶさまは壮観。

3) 十一面観音立像~大津の聖観音菩薩立像に似ている!?~

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間近で拝観できた。写真は当日配布の冊子より

十一面観音立像 146.6㎝ 平安時代 県指定有形文化財

 平安中期の十一面観音立像。普段は講堂の収蔵庫におられ、非公開だと伺った。本展では、間近で拝観できた。冊子によると、滋賀県大津の九品寺の聖観音立像(10世紀後半)との類似が多く認められるという。同じ時期に近畿地方でつくられた可能性が指摘されていた。大津の九品寺の聖観音像といえば、去年の秋の大津歴博の展覧会に参考展示され、撮影可能だったお像である。さっそく写真を引っ張り出してみると、像の優劣は感じてしまうものの、確かに雰囲気は似ている。医王寺のほうが少し表現がかたいような気がしたが、平安中期に遡る等身大の立像が関東で拝めるとはありがたい。

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【参考】九品寺(滋賀県大津市聖観音立像 2019年に大津歴博にて筆者撮影

 九品寺像と異なるのは、聖観音ではなく、十一面観音立像だということ。医王寺像は化仏の菩薩面がお顔を彫り出さず、のっぺらぼうになっていた。私の好きな表現であり、胸がきゅんきゅんした。係の方に伺ったところ、正面の如来立像は後補であろうが、菩薩面は当初のものである可能性があるとのことだった。

4) その他の諸像

 そのほか、平安後期の不動明王立像(像高96.5cm)と鎌倉初期の二童子像(矜羯羅46.7cm、制吒迦45.2cm)は小さいながら、表現豊かで見入ってしまった。鎌倉時代弥勒菩薩坐像の両脇には、やはり鎌倉時代毘沙門天と吉祥天の立像を安置。毘沙門天と吉祥天は普段は栃木県立博物館に寄託されており、今回の展覧会のために特別に里帰りされたのだそう。今回だけの特別な三尊構成ということらしい。
 また、特別展示として、同じ鹿沼市の宝城寺の阿弥陀如来立像が金堂の脇に置かれていた。前述の十二神将と同じく、明古堂で修理されたのだという。修復前の痛々しいお姿の写真が横に掲示されていた。修理してもなお、右腕の位置がおかしい感じがするが、それさえもいとおしい。
 なお、山門の仁王像は鎌倉時代(13世紀)のもの。シャトルバスから直行してしまうと見逃してしまうので、ご注意ください。山門に至るアプローチも素敵なので、少しだけ足をのばして、山門をくぐってからお参りすることをお勧めしたい。
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仁王さんは鎌倉時代。ガラス越しなので写真は難しいが、お姿はよく拝見できる