ぶつぞうな日々 part III

大好きな仏像への思いを綴ります。知れば知るほど分からないことが増え、ますます仏像に魅了されていきます。

【群馬】日輪寺十一面観音立像〜丸山尚一が強い精神性を指摘する鉈彫仏〜

 丸山尚一さんが「像にこもる強い精神性」を指摘する日輪寺(群馬県前橋市)の鉈彫の十一面観音立像。憧れの鉈彫像にお会いした。神奈川県の日向薬師弘明寺の鉈彫仏との相違も含め、感想を書きたい。

1) 丸山尚一さん絶賛の日輪寺 十一面観音立像

日輪寺(群馬県前橋市
十一面観音立像(県指定重要文化財
毎年1月11日にご開帳
10時と14時に先代住職による解説あり
台座を含む総高は154cm 。像高128.5cm 。桂材の一木造
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1-1) 鉈彫仏の規則的な鑿目と不規則な鑿目

 鉈彫とは何か。簡単なようで難しい。素朴な技法のようで奥深い。鉈彫仏といえば、日向薬師秘仏薬師三尊(神奈川県伊勢原市)が好きで、ほぼ毎年ご開帳日に通っている。日向薬師三尊の傑出する点の一つとして、執拗なまでに規則正しく、横向きに鑿の跡を残すことを指摘したい。両脇侍像は、ご尊顔にも横向きの鑿目があり、強烈な印象を与えている。如来と菩薩で粗彫りの残し方が異なるところも興味深い。鉈彫仏の最高傑作だと私は思っている。

 一方、日輪寺の十一面観音立像は、鑿の跡は全身に及ぶものの、非常にランダムに、不規則に刻まれている。同じ鉈彫像であっても、日向薬師とは非常に対照的だ。この違いはなんなのだろうと思っていた。

 日輪寺に行って、すぐに謎は解けた。先代住職の解説によると、鉈彫りの第一期は規則的に鑿の跡を残すのに対し、第二期になると不規則になるのだという。日向薬師や横浜の弘明寺の鉈彫像は第一期で、日輪寺の像は第二期というお話だった。帰宅してから『仏像 一木にこめられた祈り』展(2006年)の図録を引っ張りだしてみると、一期や二期という言葉はないものの、確かに、鉈彫り初期の像は「横方向のノミ目をきれいに整えるなど形式美を意識する像も多い」とあった。

 ふむふむとうなづく一方で、私にはとても難しい話だと感じた。なぜだろう。規則的から不規則的へと進むというのは不思議だ。普通であれば、不規則的にいろいろ試してみて、その中から規則性を確立していくものではないか。日向薬師のような執拗なまだに規則的な鑿目を残す像が、突如として現れるのはなぜだろう。難しい。

1-2) 灯りの照らし方によって違うお顔に

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 先代住職は解説の途中で、お堂の扉を閉めて電気照明を切り、ろうそくの灯りだけで観音様を照らしてくださった。ろうそくを頭の上の方から照らすと、十一面観音様は瞳を閉じた穏やかな表情になった。次に、首の下から上に向かって灯りを当てると、今度は両眼を見開き、強いお顔になった。先代住職は光の当て方によって、定朝様のようにも密教仏のようにも見えるとおっしゃった。灯りを上から照らすのと下から照らすのを繰り返すと、観音様は目を閉じたり開けたりなさっているように見える。こうした仏像の見せ方は京都府京田辺市の寿宝寺の千手観音様以来で、感動してしまう。

2) 弘明寺(神奈川県横浜市)の十一面観音立像との相違

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 日輪寺をお参りした翌々日、その記憶の薄れないうちに、横浜の弘明寺で鉈彫りの十一面観音立像を拝観した。丸山尚一さんが、日輪寺の観音像と似ているようで対照的と書かれていた観音様だ。
 内陣奥でお姿が見えた瞬間、お首を少し左に傾けた感じが日輪寺の観音様とそっくりで、ゾクっとした。その一方で、弘明寺の観音像は鑿目を横向きに規則的に刻み、日輪寺のそれとはかなり異なる
 上の写真は丸山尚一さんの本に掲載された藤森武さんの写真。横目の鑿の跡がよくお分かりいただけるだろう(藤森さんの写真の威力を絶賛したい)(注1)
 思い出すのは、鉈彫像は時代がくだると規則的な鑿目から不規則になるという指摘だ。そうだとすると、日輪寺の観音像は弘明寺の像を思いながら、新しい鉈彫り像を作り上げたのだろうか…。
 どちらのお像からも強い精神性を感じることに変わりはない。鉈彫り像が好きだ!

3) 日向薬師(神奈川県伊勢原市)の鉈彫薬師三尊

 日向薬師の鉈彫仏がとにかく好きで、過去に何度もお参りしている。去年お参りした際、まとめ記事の一部に少しだけ書いたので貼っておく。クリックしスクロールダウンしてご覧いただければ。最後の方に日向薬師の三尊に言及している(お手間取らせて申し訳ありません)。
butsuzodiary.hateblo.jp

4) 鉈彫は東国限定ではないらしいし、思いのほか難しい

 それにしても、鉈彫仏は思いのほか難しい。東国のものと言われていたが、最近では、西日本にも例があると指摘されている。私の拙い経験だけでも、福井や滋賀、愛知にもおられる。研究が進めば、まだまだ出てくるかもしれない。制作時期や地域によって違いはあるのだろうか。興味は尽きない。日本中から鉈彫仏を集めた展覧会が開催されることを願っている。

写真について

・写真1枚目は丸山尚一『地方仏を歩く 第三巻 東北・関東・中部編』NHK出版より
・写真2枚目は筆者撮影。日輪寺境内の看板。
・写真3枚目は丸山尚一著・藤森武写真『十一面観音紀行』平凡社1985年より

注1 なお、弘明寺の観音様はお厨子の中におられるので、この写真のように横向きから拝むことはできない。しかも、照明の関係で、頭上の一番上の化仏も影になってまったく見えない。今回お寺の方のご好意で、化仏を一瞬だけ拝ませていただくことができた。詳しいことは書けないが、頭頂の化仏は確かにおられたので、とても安心した。