ぶつぞうな日々 part III

大好きな仏像への思いを綴ります。知れば知るほど分からないことが増え、ますます仏像に魅了されていきます。

【信濃仏】中禅寺(上田市)~こういう上品なお堂にはこういう上品な如来像がいらしてほしい~

塩田平の中禅寺とは

中禅寺(上田市)(真言宗智山派
参拝日=2018年6月16日
薬師堂 
薬師如来坐像(97.7cm、カツラ、前後二材寄木、平安末期、重要文化財) 
○神将立像(68.2cm、上記薬師如来の附として重要文化財指定)
仁王門
金剛力士像(平安末期、県宝)
※写真撮影はお寺より特別に許可いただきました。

 丸山尚一さんの本で読んだ中禅寺は、独鈷山の麓、塩野平にある大変美しいお寺だった。
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(↑独鈷山。密教法具の名をもつ岩山だ)

平安の仁王像


 仁王門には、京都醍醐寺および峯定寺のと並び評される平安後期の仁王像が睨みをきかせる。品のある仁王さまだ。
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 そして、仁王門の向こうに茅葺きの美しいお堂が音もなく静かに建つ。鎌倉時代初期に遡る方三間の阿弥陀堂形式のお堂である。ため息の出る美しさだ。
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薬師堂と薬師如来坐像~美しすぎる組み合わせ~


 堂内には、定朝様の薬師如来坐像がおられる。彫りが浅く、この上なく上品な佇まいだった。堂内の中央、四天柱の中に安置されており、それがさらに美しさを引き立てているように感じる。みほとけの像が堂の中央に置かれるのは古い形式なのだそうだ。時代がくだると内陣はお堂の奥へと移動する。
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 このような上品で静かなお堂には、このように上品で静かなお像がいらしてほしいーー。そういう私の勝手な願いを見事に叶えてくれる建物と如来像だった!
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神将立像に泣きそう


 手前の神将立像もたまらない。かつては十二神将がお揃いだったのだろうか。今はたったお一人で、しかも、両腕を失ったお姿である。それでもなお、私たちを救おうと、凛としてお立ちであった。十二神将ならぬ、一神将の強い思いが伝わってくる。もし私一人でお参りしていたら、きっと泣いていただろう。
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光と薬師さま


 丸山尚一さんの『地方仏を歩く三』によると、丸山さんが参拝された際、住職が「この薬師さんは周りの戸を閉めて南の戸を少し開けた光で見るのが一番素晴らしい」とおっしゃり、そのように戸を開けてくださったそうだ。わずかに差し込む光の中の薬師如来坐像に感動したことを丸山さんは綴っている。
 驚いたのは、今回私たちが訪れた際も、住職が一度すべての戸を閉め、神将に近い側の戸を少しだけ開けてくださったことだ。その戸が丸山さんのときと同じだったのかはわからない。だが、確かに、わずかな光の中で拝む薬師さまはより神々しかった。感動したのは私だけではない。堂内にはどよめきのような感嘆の声があがった。光は大切だ。
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 天候や時間帯によって光の入り方が異なることもあり、丸山が見たのと同じ光景を見たとは言えない。しかし、本と同じように戸の開閉をしていただけるとは思ってなかったので、大変ありがたかった。住職にお礼を申し上げたい。