(2015年9月に井川の中野観音堂を参拝したときの記録です)
静岡の山里にある小さなお堂で、こんなにも無垢な観音さまたちにお会いした。
白洲正子が観音さまをたたえる言葉に「うぶ」という言葉がある。厨子が開かれた瞬間、その言葉が思い浮かんだ。夢中でお姿に見入ると、無垢な観音さまが自分の内なる汚れを浄化してくれるようだった。
お堂は地元の方々に守られている。別当といって、先祖代々このお堂の責任者を務められている方が今回、歓待してくださった。普段はお茶農家さんをされているそうだ。生産するお茶の名は「千年千手」。麗しい名前をもつお茶の収益は文化財保護にも役立てられるとのこと。
お経はどなたが上げられるのですかと伺うと、頼りにしていた近くのお寺さまに後継者がおられず、最近は地元の方々が集まって般若心経をお唱えするのだという。過疎化の影響だろうか。
旅人の私は、静かな山里とその地に暮らす民と仏に魅せられ、癒される。しかし、高齢化や都心一極集中が進むなか、この静かな環境を今後も守り続ける知恵は浮かんでこない。
私が訪れた数日前、福井のご住職、藤川明宏さんがこの観音堂をお参りされ、観音経をお唱えされたと伺い、胸があつくなった。