ぶつぞうな日々 part III

大好きな仏像への思いを綴ります。知れば知るほど分からないことが増え、ますます仏像に魅了されていきます。

【静岡】河津町・善光庵の十一面観音立像

2018年11月23日
善光庵 (河津町
 十一面観音立像(158センチ 針葉樹 一木造り 10世紀 県指定文化財

 伊豆半島の南部、静岡県河津町。河津川の河口から川沿いに2キロ余りの丘陵の中に、善光庵という小さなお堂がある。すぐ近くに「峰温泉大噴湯公園」「伊豆踊り子会館」という温泉施設があるが、少しだけ坂を登った先のお堂の周辺には、観光客も温泉客も見当たらない。とても静かなお堂である。

善光庵・十一面観音立像

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 仏友さんが予約してくれて、管理人の正木さんが鍵を開けてくださった。手慣れた様子でお香をたき、厨子を開けてくださると、黒く神々しい観音さまが目の前に現れた。
 等身大だが、それ以上に大きく見える。
 左右の眉毛がつながる不思議で優しいご尊顔。頭上の化仏はお顔をはっきりと彫り出さない。一番上の化仏は女神像のように見え、目を奪われる。
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 脚部の下の方が少し寸足らずな感じがするが、そんなアンバランス感も素敵に思えてしまう。
 江戸時代に火災で本尊を失ったため、近くの南禅寺から移されたという説もあるそうだ。「南禅寺から持ち込む際にお堂に入りきらず、脚を切った。切断した者の目におがくずが入り、失明した…」という恐ろしい話も伝わるそうだが、平成30 年秋のこの観音像からは、静かな慈愛しか感じられなかった。
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 腹部から脚部にかけての衣文が美しい。
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 背面は、前面の印象とは異なり、驚くほどのっぺりとしていた。彫りのあとがないのである。表情のない化仏と背面。霊験を感じてしまうのは、そうした仕掛けによるのだろうか。(↑上の写真は上原美術館の過去の図録より)
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南禅寺から流出したのか

 気になるのは、もともと南禅寺におられた仏像なのかという点である。
 善光庵のあと、「伊豆ならんだの里 河津平安の仏像展示館」に行き、南禅寺の仏像群を拝観した。地蔵菩薩立像と眉毛の感じなどが似ているように感じたのだが、実際のところはどうなのだろう?
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(↑南禅寺地蔵菩薩立像。写真は特別に許可いただいた)
 なお、南禅寺から流出したとされる仏像には、京都西往寺の宝誌和尚像や仙台の成覚寺の観音立像、沼津の龍音寺の観音立像、千葉県山武市称念寺聖観音立像などがあるそうだ。他にもどこかにあるのだろうか。写真(↓)は仙台・成覚寺の観音像(2016年11月に参拝)。
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 私は仙台と沼津を一度お参りしており、宝誌和尚像は展覧会でお会いしているが、そうした流出仏を一度に拝観できる機会があるとありがたい。一度に見比べないと相違点がよく理解ができないので…。素人の素朴な願いである。


 最後に、拝観の機会をいただけたことが大変ありがたく、感謝申し上げたい。管理人の正木さんは先祖代々お堂をお守りされているそうで、うらやましい限りである。
 厨子の中に、防虫剤が吊してあった。小さな気遣いに、観音さまへの大きな愛が垣間見えた。お線香の香りの向こうに漂う防虫剤の匂いが、これほど愛おしく感じられたことはない。


参考
静岡県の仏像めぐり ほとけ道里あるき』(平成17年、静岡新聞社